ライフスタイル
あたらしい私のいえは、東京 森のいえ
あたらしい私のいえは、東京 森のいえ Vol.1
photo & text: Mari Shamoto
edit: Masaru Tatsuki
2025年7月26日
photo: Masaru Tatsuki
2年ほど山の上での生活を綴ったPOPEYE Webでの「わたしのいえは、東京 山のうえ」の連載が終わり1年半ほどが経つ。
私は20代前半から7年ほど山の上での生活をおくった後、東京郊外の街に拠点を移し、今はまた同じ山の上の集落に戻ってきている。場所は東京都檜原村。陸続きでは東京唯一の村で、奥多摩や高尾エリアに比べると電車が通っていないこともあり知名度は低い。私が住む集落は御前山の南斜面、標高600mくらいのところにあって、15世帯30 人くらいがゆるやかな垣根の中で暮らしている。
今の住まいは以前住んでいた小屋(ジローさんと一緒に建てた小屋)から300m程、坂を下ったところにある古いログハウスだ。所々ガタがきているけど、キッチンに備えつけられた年期の入ったガスオーブンが気に入っている。このログハウスはヨシコさんが数年前に空き家になったタイミングで購入したものだ。ここも急傾斜地に建っているので、高床式で家の下にはピロティーがある。急斜面からの駐車は少し不便だけれど、地形柄、家の前に車が停められるだけもありがたい。ログハウスの周りには民家はなく、スギやヒノキの木々たちに囲まれている。以前住んでいた小屋は目線の先には尾根線がまっすぐのび、周りが開けていたので山の上という感覚だったけど、このログハウスは森の中に住んでいるという表現のほうが近い。最初この家に入った時、避暑地の別荘みたいだと思った。
前回の連載中に山の上での生活を離れ、東京郊外に住まいを移し、以前のパートナーとの暮らしの拠点とした。街での生活は歩いていける場所に夜までやっている本屋があったり。美味しいご飯を出してくれる居酒屋やカフェ、商店街。自転車でどこへでもいけることも心地良かったし、少し電車で行けばギャラリーや美術館がある。ここでも面白く暮せるだろうか?隣人とは仲良くできるだろうか?銭湯に通ってみたり、コンポストをやってみたり、自分なりに街での生活を送った。職場は変わらず檜原村に勤務していたので、片道1時間半から2時間。初めて電車通勤というものも経験した。電車の便数が少ないこともあって、よく時計を見る生活に変わった。仕事柄お客さんと話をする機会も多く、この近くに住んでいるんですか?という質問をよく受けるのだが、街に住んでいると答えることは新鮮で、けど少ししっくりこない気持ちを持ったりもした。引越してからもジローさんはよく連絡をくれて、お酒をもって定期的に集落へ泊まりに行っていた。近所に住む〇〇ちゃんが最近具合が良くないこと、雪が積もった日に皆んなで雪かきをしたこと、次の春のお祭りのこと。ここでの会話はここでの生活に対していつも切実なものだ。そんな会話に今は自分が関係していないんだな、と改めて思った。
もちろん引っ越さずにそのまま小屋に住むこともできた。けれど二拠点生活が多くなるにつれて集落での生活に責任を持てない申し訳無さがあった。それは積もる一方で、解放されたい気持ちが大きかったと思う。大学を卒業したばかりの勢いで集落に住み始めてから7年、この場所に住み続けることの意味はなんだろう。分からななくなっていたし、パートナーは街にいる、それなら一度集落を出ようと思った。
集落を出て半年くらいたったころ、以前のパートナーからプロポーズを受け、結婚に向けて色々な準備がすんでいった。ちょうどその頃、ポパイの連載も終わったり、現在のパートナーとの出会いもあり、私の中でいろんなことが終わったり始まったりするタイミングでもあった。変わりつつある自分の生活に、なんとなくしっくりときてない感覚があった。ある日、私の両親がパートナーの両親へ渡す用のお酒をアパートに送るねと連絡があった。土曜午前着と聞いていた荷物は届かずおかしいなと思っていたら宅配業者から、お酒の瓶が割れてしまい配達が出来ないと、電話があった。届かないんだ、どうしてか少しホッとした。我にかえったような不思議な瞬間があって、今まで抱いてきた違和感に向き合うのは今なのかもしれないと強く思った。生活のこと、結婚のこと一度考え直したほうがいいのではないか。パートナーへ自分の思っていることを伝えた。その後、私たちは別々の生活を選ぶことになる。
そうなると、私はどこに住むのだろう?
今住んでいる街の近くなのか、職場のある檜原村の隣町なのか、はたまた檜原村なのか….隣町のアパートを内見しに行ったが、どこに行ってもしっくりこなかった。そんな迷う私にヨシコさんが微笑みながら「下のログハウス、あいているわよ」と言った。どこかで聞いたことあるフレーズだなと思うと、社会人1年目の私に言った「うちの二階、あいてるわよ」だ。その言葉をきっかけに私は集落にくることになるのだから、あ、また同じだと思ったら笑えた。でもやっぱりまだ決めることが出来なかった。地域から一度離れたのにまた無神経には戻れない。迷いながらも迷い疲れて、敷金礼金もかからないし、とりあえず、とりあえず、と思ってログハウスに住むことを決める。それが昨年の夏だった。
暑い暑い8月の頭に、私はまた集落に引っ越しをした。久しぶりの檜原村、エアコンがなくても涼しい朝晩、夜は電灯がほとんどないので真っ暗だし、木々がそよぐ音と虫たちの声しか聞こえない。土と緑の匂いも懐かしい感じがした。
戻ってすぐに集落では夏祭りの準備が始まる。集落から出るときにお世話になった人たちのところへ挨拶したのはつい1年ほど前のこと。また地域に戻ってきてしまった身としては少し居づらさを感じながらも、ここに戻った以上はお祭りには参加したい。参加してしまえば、そんな不安な感情以上にお祭りは変わらず美しいものだった。
私はまた同じ場所に戻ってきている。それは、自分でも思ってもみない出来事で、自分自身が一番驚いていると思う。集落に住む中学生の男の子からはわたしのこの引っ越しを「まりちゃんは、家出してたんでしょ」と言われてしまった。ほんとだ、面白い、ありがとうと思った。
今年の冬は雨も雪もしばらく降らない日が続いた。沢水や湧水をひいて生活水にしているので、2線あるうちの1つの水道はとまった。3月に入ってから待ちに待った雪が3回ほどふり、雨の日も続いた。それでもきっと新緑の頃(木々が水を吸い上げる時期)は水が出なくなるかもね。そんなことをまたここに住む人たちと持ち寄ったご飯を食べながら話す日々がはじまっている。
プロフィール
社本真里
しゃもと・まり | 1990年代生まれ、愛知県出身。土木業を営む両親・祖父母のもとに生まれる。名古屋芸術大学卒業後、都内の木造の注文住宅を中心とした設計事務所に勤め、たまたま檜原村の案件担当になったことがきっかけで、翌年に移住。2018年に、山の上に小さな木の家を建てて5年程生活。現在は村内の林業会社に勤めながら、家族で森の中の古いログハウスで暮らしている。
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