カルチャー
時間を制する写真、「顔」を制す
文・村上由鶴
2025年10月31日
text: Yuzu Murakami
ちかごろ、割と伝統的なメディアが運営しているネットニュースのサイトでも「これ、写真の選び方がちょっと意地悪すぎないか?」と思うことがあります(そういえば某バラエティ番組でも、悪人顔に見える一瞬の写真をおもしろがるコーナーがありましたね)。
たとえばこちらは、AP通信、ロイターにならぶ世界三大通信社の一つ、AFP通信が、ドナルド・トランプ米大統領が「辞めさせたい」としていた連邦検事が辞任したというニュース。
自分の思い通りにならない人物を要職から排除しようとするトランプ政権の独裁的な傾向を報じる深刻な事件ですが、目を伏せて、口をとがらせる大統領の写真は、かなり強い意図で選ばれた写真だと感じます。
このような意地悪な写真は個人のSNSでの悪ふざけや、著名人への誹謗中傷などではよく見られてきましたが、個人的には、報道においても多く見られるようになっている気がします。こうした写真が「増えている」と感じるのは、アクセス数と収入が直結している現代のインターネット環境において多くの人がクリックしたくなる写真を追求した結果として、頻繁に目にすることになったからかもしれません。一方でこうした写真は数百字程度の短い記事や事件の内容をすっとばして、ある人物の演出された印象を伝えるという効果のほうが強くなっていると思います。「この人物はひどい」「なんという愚かしさだ」と読者に感じさせ、むしろ記事を最後まで読まないように誘導してしまってもいるのではないでしょうか。
もちろん、このような「醜いイメージ」そのものは新しい現象ではありません。20世紀の戦時下のプロパガンダポスターを振り返れば、例えば第二次世界大戦下のアメリカでは、ヒトラーやムッソリーニ、昭和天皇は丸い眼鏡をかけた猿のような小さく愚かな人物のように描かれてきました。日本でも敵国をそのように描写したポスターが多く作られています。
報道写真でも、独裁者の冷酷な横顔や冷戦下のソ連指導者のなにかを企んでいるような表情など、敵対する権力者の政治的イメージを補強するような写真は繰り返し利用されてきました。
このような「意地悪な写真選び」は、実際には、メディアの側だけの仕掛けではなく、受け手である私たち自身の欲望を投影しているともいえます。ある政治家の「悪そうな顔」を見て「ほんと悪いやつ!」と批判的な気持ちに火をくべるようにして、ニュースを感情的な娯楽として消費してしまうのです。このように「愚かさの演出」は、供給するメディアと受け取る読者との共犯関係のうえで成立してきました。
さらに、心理学のある研究ではニュースに「装飾的な写真」があるだけで、それを見た人がそこでの主張を「真実」として受け取りやすくなるということが実験で明らかにされています。となると、こうした悪人顔の写真は単にある人物を愚かに見せる以上に、かなり具体的にわたしたちの行動や心理を左右している可能性があります。
そもそも写真は、瞬間を切り取るという方法によってある人物を無様に見せることができる、という意味で、撮影される人よりも撮影する人が時間的に優位に立つものであると言えます。
友人同士で撮った写真でも「なんでこの顔のときにシャッター押したの?」と文句を言いたくなるような経験は誰にでもあるでしょうし、「なぜこんな顔の写真をSNSにあげた?」というところからトラブルに発展する、なんてこともあるかもしれません。報道写真でも同様に、撮影者はその一瞬を選ぶことで、撮られる側が自らではコントロールできないある瞬間の表情をつかまえて、その人の印象を左右するように発表するのです。このように相手を醜く写す写真(や、それにまつわるトラブル)は、写真のメディアの特性と深く結びついているのです。
ニュース写真に意地悪さを感じるとき、それはメディアの策略であると同時に、私たち自身がそう感じる準備をしているからでもあります。プリクラやカメラアプリのフィルターがかわいさを演出し、強調するのと同じように、報道写真の場合は「愚かさ」や「悪人顔」を盛る。写真は美化だけでなく醜化のためにもずっと使われてきたのです。ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻助教。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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