複製技術時代の交換日記

複製技術時代の交換日記 Vol.1

2026年8月9日

ゆづ

かすみちゃんへ の前に読者の皆様へ

村上由鶴です。

これまで、このPOPEYE WEBにて「おとといまでのわたしのための写真論」を連載をしてきましたが、今年、この連載が本になります!現在準備中の本には、これまでの「おとといまでのわたしのための写真論」の連載を抜粋してまとめて大幅に加筆修正したものと、書き下ろした原稿が含まれています。

というわけで、ひとつの区切りとして、この連載を往復書簡というかたちにモードチェンジしてみようと思います。

お相手は、写真史の研究者の久後香純さんです。わたしはかすみちゃんと呼びます。かすみちゃんとわたしは同い年です。日本の、同い年の、女性の写真研究者です。それ以外の詳しい自己紹介は、きっとかすみちゃんがしてくれると思います。

さて、かすみちゃんに何を書こうかな、と思いますが、そもそもかすみちゃんは、なぜ写真の研究をはじめたのでしたっけ?というかいつから写真を専門にしようと思ったのですか?きっかけの写真家とか、写真とか、あるのでしょうか。
実は聞いたことがなかった気がします。

ちなみにわたしがこうして写真について研究し、文章を書くようことになったことのきっかけはといえば、大学受験の頃、高校時代にぼんやりしていたから。この一言につきます。

雑誌が好きだったので、雑誌を作る人になれたら、と思っていて、そして写真のこととか勉強すれば、雑誌を作る人になれるのかも〜と考えており、うっかり「写真家」になりたい人たちが入るような大学に入ってしまったのでした。大学1年の4月の段階で写真を撮ることがぜんぜんまったく面白くなく、苦痛であり、これは間違えたな、と思い、不貞腐れながら大学生活を送りました。そこから仕方なく写真を見ること、写真について考えることを始めて、(ちょっとはしょって)今に至ります。

とはいえ、いまだに写真について考えているのはとても不思議です。

わたしはこれを、わたし自身の人生そのものに対する貧乏性に由来するものだと思っています。「人生そのものに対する貧乏性」とは、自分が経てきた過去を自分で伏線回収しなければならないような気持ちになることです。もちろん捨ててきたものはたくさんあるわけだけど、勝手に自分の過去に対する使命感のようなものが湧き出ていて、なぜか大学のときにたまたま学ぶことになった写真について、それを言葉にしなければならないような気が、ずっとぼんやりとしているという感じです。

学生のときに写真の評論家になるにはどうすればいいのかと、ある先生に聞いたことがありました。その先生には、写真を一生大好きで居続けられることが肝心だと言われました。いまもこれまでも写真が大好きか、と問われるとわたしはぶっちゃけ微妙です。なんなら、写真のことも、写真家のことも、少し気味が悪いと思っているところがあると思います。

そもそも「好きな写真」はあったとしても、「写真が好き」なんてことが、写真というメディアそのものが本当に大好きなんてことがこの2026年にあるでしょうか?それって、「電気が好き」「ガスが好き」「水が好き」みたいなものではありませんか。まあ「カメラが好き」ということはあるかも。カメラは実は割と好きです。目玉親父みたいでかわいいと思う。でも上手く使えるようにはならなかったし、持っているのが好きなだけで、写真を撮ることは好きではなかったのだと思う。

さて、わたしがこれを書いているのは5月5日です。

かすみちゃんは京都のPURPLEで開催されている「写真について話す会」に参加されているはずですね。写真家や学芸員、写真研究者が集まって、いま、どんなことがお話しされるのか、ぜひ知りたいです。

そして、5月といえば、KYOTOGRAPHIEですね。わたしはぎりぎり滑り込む予定です。よかったもの、あるいはわるかったもの、思ったことなどがあれば聞きたいです。

今日はここまでにしたいと思います。

ゆづより。

かすみ

ゆづちゃんへ、そして読者の皆さまへ

読者の皆さま、はじめまして、久後香純と申します。大学で写真史を専門にして研究したり授業を教えたりしています。

ゆづちゃん、「おとといまでのわたしの写真論」の書籍化おめでとうございます!手に取るのをとても楽しみにしています。Web連載時に読んだ記事では、「アクスタ写真論」がとくにお気に入りでした。そしてこの度はWeb連載に往復書簡という形で声をかけてくれてどうもありがとう。同い年の、女性の、尊敬する書き手のゆづちゃんと写真についての話を紡いでいけること、ワクワクしています!

今回は、ゆづちゃんからもらった質問に答える形で、私自身の自己紹介を読者の皆様への挨拶としたいと思います。

そもそも私は、なぜ写真の研究をはじめたのか?

きっかけは、大学時代、ゼミで一番仲良しだった友達が写真について卒業論文を書いていたからです。その子とおしゃべりをしたり、一緒に授業を受けたり、美術館に行ったりしているうちに、私も写真に興味を持つようになりました。ロラン・バルトとかホンマタカシさんとか、私達の友人でPOPEYE WEBで同じく連載をしているダン・アビーまで、最初に名前を聞いたのはその子からだったと記憶しています。その後、友達は就職し、今ではお母さんにもなっているのですが、今でも写真、美術、映画などの文化鑑賞者であり続けているはずです。

一方私は、大学卒業後も、もう少し勉強を続けたいかもと思い大学院進学を決めて、そのころから写真が研究テーマになりました。

ゆづちゃんは、人生に対して貧乏性であると言っていたけれど、私は人生に対して遅延癖があります。人生において重要であると思われるような決断をするのを後伸ばしにしてしまう癖です。就職とか結婚とか家の購入とかです。その後の自分の人生を決定づけてしまうような決断を曖昧にしておきたくて、大学は広く芸術文化一般について学べる学部に進学し、ゼミも「ユーラシア文化論」ゼミとかいう、地球最大の陸域を網羅する何でもありゼミに進級し、その後も就職を避け続け、大学院進学、さらには7年間のアメリカ留学にまで至り去年ついに卒業しました。

この間、写真について考えることをやめなかったのは、面白い人たちや、作品、研究に出会い続けられたから。日本の大学では、同期や先輩に写真研究をする人が偶然たくさんいて、刺激をもらいました。アメリカの大学院では、心から尊敬するアドバイザーに出会うことができ、研究をすること、文章を書くことの尊厳と責任を教えてもらいました。海を隔てていても、いつでも心を通わすことのできる親友もできました。
 
さて、これからも一生写真を大好きでいられるか?という質問ですが、ゆづちゃんの言うように、写真はもはやインフラだし、「写真」というメディアそのものについて好きも嫌いもないということに同意です。

でも「写真行為」には、個人的な思い出が詰まっています。写真行為とは、写真を撮ったり、撮られたり、それをその後見返したり、共有したり、といった写真にまつわる行為一般です。中高生のとき、「友達と遊ぶ」といえばプリクラでした。ブースに入ってポーズをとるのも、落書きするのも、学校でプリクラ交換するのも楽しかった。ガラケー専用WEBページ、通称「ホムペ」を作ってプリクラのアーカイブを作ったりもしていました。

楽しい思い出だけでなく苦い思い出もあります。アメリカ留学時代のことです。ある日、何気なくパートナーのiPhoneに溜まった写真を一緒に見返していました。するとそこには、大学院の授業についていくのに必死でガリ勉を極めた末に、最大級にアカ入り(アカ抜けの反対語)した自分が写っていました。私は写真に写っている自分の容姿が受け入れられず、大号泣の末、カメラロールの私が写っている写真を全て削除するというヤバ大事件を引き起こしてしまいました。

ここまでのエピソードでお気づきの方もいるかもしれませんが、私は写真を撮ることについては今に至るまでアマチュアです。写真についての文章を書くことはできても、カメラの扱い方についての専門教育は受けたことがないのです。そして、わたしは撮ることより、撮られること、そして撮ったあとに発生する「写真行為」一般に関心があるのだと思います。長くなってしまったので、自己紹介はこの辺でおしまい。

KYOTOGRAPHIEですが、会期最終日に一緒に回れて楽しかったね!私は、南アフリカの人種隔離政策体制下で生きる人々を撮ったアーネスト・コールの「House of Bondage」がとくに印象に残りました。コールによる写真とテクストによって編まれた、日常のなかに組み込まれ社会構造化した差別への鋭い批判と、そのなかで生きる人々への共闘の視線はもちろんですが、元々は写真集というメディアで発表された物語を展示空間でみせるというキュレーションの観点においても成功していたと思います。

ゆづちゃんが最近見て良かった展示や文章やそのほかなんでも、あったら教えてください。お返事楽しみにしています!

かすみより。

プロフィール

複製技術時代の交換日記 Vol.1

村上由鶴

むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻助教。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。


複製技術時代の交換日記 Vol.1

久後香純

くご・かすみ|1991年、京都府出身。Ph.D in Art History. ニューヨーク州立ビンガムトン大学美術史学科で博士号取得。専門は写真史/論。博士論文のテーマは1960−70年代日本の写真出版文化について。現在、京都大学人間・環境学研究科にてポスドク研究員(日本学術振興会特別研究員PD)。