TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】Kanoko

執筆:遠藤文香

2026年7月20日

遡ること100年ほど前。

かの子には「総理大臣の名前は知らなくても岡本一平の名を知らない人はいない。」と言われるほどの国民的スターかつハンサムな漫画家(今でいうイラストレーター)の夫がいた。

しかし一平は息子・太郎が生まれて間もなく放蕩、さらにかの子は兄や母を次々と亡くして、不幸のどん底で精神を病み、暗黒時代を彷徨うことになる。

そんなかの子を見て猛反省した一平は、贖罪の意識から生涯海のような父性でかの子を包み、かの女が他2人の男性と恋愛関係を持つことすら許容し、彼らのことまで家族として扱った。

かの子は戦前を生きていたのにも関わらず、令和を生きる私ですら驚いて感心してしまうほど、既存の価値観や制度に収まるような女ではなかった。
そんなスキャンダラスな状況にも関わらず、彼らは世間の道徳や批判をもろともせず、
「自分たちの真実の生活をしよう」
ということで、晩年まで3人の優秀な男性がかの子を中心にして同じ屋根の下で生活を共にし、その関係は破綻することなく長い間続いたという。
きっと、それだけ何か特別で唯一無二の、不思議な魅力がかの子にはあったのだろう。
赤児のまま大きく膨らんだようで、まっさらで脆く、類まれな純粋な魂を持ち合わせているのと同時に、何十人もの命を凝縮したようななみなみならぬ生命力の豊穣さを肉体に宿らせていたかの子。

芸術至上主義で、芸術的使命感のためとなれば、その優秀な3人の男たちを奴隷のように携えて搾り取ることもいとわずに、それを肥料に自分の才能を肥え太らせていくだけの覚悟すら持ち合わせていた、凄まじい女だった。

(つづく)

プロフィール

【#2】Kanoko

遠藤文香

えんどう・あやか|1994年生まれ。2018年、東京藝術大学美術学部デザイン科卒業、2021年に同大学院修了。修了後は東京を拠点に写真家として活動し、現在はロンドン在住。主に動物や自然を対象とし、それらと人間とのあいだに古くから培われてきた感覚に関心を寄せながら制作を行っている。主な個展に「when I see you, you are luminous」(Tokyo International Gallery、東京、2023)、「Kanoko」(Poetic Scape、東京、2026)などがある。主な出版に「Pneuma」(roshinbooks)など。

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【#2】Kanoko

Kanoko

薄い膜が境界となって内と外をつなぐ — その境界が揺れ、ふたりの気配が立ち上がる

小説家・岡本かの子
写真家・遠藤文香

小説が写真の説明にならず、写真が小説の挿絵にも資料にもならない。
それでも、読むことと見ることを行き来するなかで、小説と写真が〈いま〉として立ち上がる。

本書は、日本の小説と写真を一冊の本の中で拮抗させてきたシリーズの第6作として、岡本かの子の小説『鮨』(1939年)に、遠藤文香の写真を加え、編集・造本した“書物”です。

小説『鮨』には、消えない気配があります。その気配は、岡本かの子の生へも通じているように感じられます。
歌人として出発し、晩年に小説へと向かった岡本かの子の強度、そして家族や時代の圧を引き受けた一人の作家の輪郭が、この小説の背後で静かに息づいています。

その気配を想起させたのが、新進気鋭の写真家・遠藤文香の写真でした。
遠藤文香の写真は、境界を固定しません。
自然と人為、触れることと介入すること、その境界を揺らしながら、気配を残していきます。

岡本かの子の言葉が持つ消えない気配と、遠藤文香の写真が残す気配の余韻が、ただ並走しながら響き合い、ときには読んだはずの小説が違って見え、見たはずの写真の印象も変わっていきます。

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言葉:岡本かの子
写真:遠藤文香
出版:町口覚
デザイン:清水紗良(MATCH and Company Co., Ltd.)

判型:縦210mm/横148mm
頁数:240頁
写真点数:98点
仕様:並製本、スリーブケース入り

発行:bookshop M Co., Ltd.

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