カルチャー
インスタグラムのアイデンティティクライシス
文・村上由鶴
2025年1月31日
text: Yuzu Murakami
つい先日、インスタグラムのフィード投稿画面の仕様変更がありました。
これまで、フィード画面に投稿された写真は「1:1」つまり正方形で、グリッド状に並んで表示されていたのですが、縦長の「4:3」の比率に変更されたのです。
インスタグラムのフィード画面のフォーマットはほとんど不変の、大地のようなものだと思っていたら、その地面がゴゴゴゴゴゴ….と動いてしまった、みたいな大転換です。
わたしもインスタに写真を投稿するときには、フィード全体の見栄えを少なからず気にして、写真のトリミングの際には細心の注意を払ってきたユーザーのひとりです(言うほど洗練されたフィード画面ではないのですけど)。
ですからここ数日、プロフィールを開いたときの違和感が半端ない。気持ち悪い。広報目的にインスタグラムを活用し、そのフィードの見た目をクリエイティブに活用・管理してきた人たちのなかには「これまでの努力、どうしてくれるんですか…」とうろたえている人も少なくないでしょう。(ちなみにこの仕様変更の理由は1枚の画像のなかにこれまでよりも(文字の)情報を入れられるようにするためだそうです。)
この変更で、インスタグラムはこれまで幾度ものアップデートや機能追加を経たなかでも、意固地にも貫いてきていた「正方形の美学」を手放したように見えます。
「正方形」というフォーマットを頑として譲らない、ユーザーの自由を制限するプラットフォームはある種の革命でした。もちろん、インスタグラム以前に、ポラロイドやローライフレックスなどの1:1フォーマットのカメラは存在していましたが、インスタグラムの大流行(というかインフラ化)に伴って、正方形の写真はより一般的になりました。いまや正方形の写真を見るとインスタグラムを想起してしまうほどです。
といっても、歴史を見れば、そもそも写真はそのカメラの機能や仕様とかフィルムのサイズといった技術的限界に制約を受けるもの。ユーザーは常にその制約の中で自身の表現を追求してきたことも忘れてはいけません。
ただ、正方形のフォーマットが失われたいま、改めて考えると、「正方形の写真をグリット状に並べるフィード画面」が、ユーザーにインスタグラム的な美学を追求するように誘導してきたのだ、ということを肌身に感じて理解できるように思います。
メディアの研究を専門にするレフ・マノヴィッチは2013年の時点で「ソフトウェアが指揮をとる(Software takes Command)」という論考を発表し、Adobeなどに代表されるようなソフトやアプリをはじめとしたさまざまなソフトウェアが視覚文化に与える大きなインパクトについて考察しています。ここで重要なのは、ソフトウェアがインパクトを与える、というよりむしろ文化を主導しちゃうような大きな力を持つ、ということでしょう。
マノヴィッチはその後、インスタグラムについても論考を書き「かなりの割合のインスタグラムユーザーは美学に大いに関心を抱いている」、「美的に洗練された微妙なニュアンスを表現している」としています。
その「インスタグラム的美学」の代表的なものとしてマノヴィッチが2016年にあげていたいくつかのもののなかで、特徴的だったのは雑誌「KINFOLK」に載るような写真。例えば、テーブルの上のカップに入ったラテ、おしゃれな本、アボカドトースト、ドーナツ….など、写真の画面のなかにあるものが非常に繊細な心配りによってデザイン的に配置されているといったものです。
マノヴィッチは、こうした写真たちが「物語る」ことにいっさい興味がないということも指摘しています。このようなマノヴィッチの分析は、確かにインスタグラム的な写真のノリを示していて、2025年現在まで好まれているスタイルでした。そして、1:1の比率は、一般のアマチュアユーザーの「芸術的実践として」写真を撮りたいという欲求を刺激し、このような写真を大量に生み出す土壌となったのです。
さて、今回の仕様変更が「写真への文字入れ」を前提としたものであるということは、インスタによって奨励されてきた「一般の人たちが実践する芸術的な意図を持った写真」の時代が徐々に終わっていくのかもしれません。
インスタグラムのアイデンティティの転換は、実は個々のユーザーがそこで作り上げてきたアイデンティティにも危機的インパクトを与えています。
営利目的の企業が提供するプラットフォームが不変ではないのは当たり前のことですが、それをわたしたちが今立っている地面と同じくらい信用すると、それが揺らいだときに倒れてしまいやすくなる、ということなのかもしれません。
インスタグラムが強固に「写真の比率」というユーザーの自由を制限した結果、ユーザーの身体にはインスタグラム的な写真を撮る「体幹」が育てられちゃっていた。ゆえに、わたしたちはその体幹を修正しないといけない状況にさらされているようです(それがどうにも気持ち悪い)。改めて、インスタのインフラ化を感じたのでした。ではまた!
参考:レフ・マノヴィッチ『インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻助教。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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