フード

アルゼンチン料理店『コスタ・ラティーナ』/異国の店主と土地の味。Vol.18

インタビュー・土井光

2023年7月1日

異国の店主と土地の味


interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム

土井光(以下、土井) アルゼンチンといえば豪快なお肉料理ですよね。食べたことがある人は、ジューシーで格別に美味しいと口を揃えて言いますが、アルゼンチンではどんなふうに調理をされるのですか?

前浜ディエゴ(以下、ディエゴ) 料理名を「アサード」といって、パリージャという専門の金網を使って肉の塊を炭火でグリルします。じっくり火を通すので余分な脂肪も落ちますし、味付けはシンプルに岩塩と胡椒のみで、お肉本来の美味しさを楽しめるんです。

土井 炭火だと焼き加減の調整が難しそうですね。

ディエゴ その時々の気温や湿度によっても木炭の燃え方は変わりますからね。でも、お肉を置く位置や木炭の量を調整することで、例えば2時間焼きっぱなしでも焦げたり硬くなることはないんです。昔、お客さんに「焼き過ぎじゃないの?」と心配されたこともありますが、結局その方は「こんなに焼いても美味しいんだ」と気に入ってくれて、今では常連さんです。

ディエゴさんが自ら溶接して作ったというパリージャ。ここで1時間ほどかけてお肉を焼いていく。
アサードと一口に言っても、部位ごとに全く違う食感や味わいがある。『コスタ・ラティーナ』では4種類から選べて、写真の他にもハラミやリブアイなどがあり、どれも季節野菜とマッシュポテト付き。お肉はもちろんそのまま食べてもいいが、パセリや玉ねぎ、パプリカで作る酸味の効いたチミチュリソースもよく合う。骨付き牛リブ300g¥3,300

土井 シンプルな味付けと焼き方ひとつでそんなに美味しいなんて、きっとお肉自体も上質なんでしょうね。そういえば、私が住んでいたフランスでは、アルゼンチン産のお肉は高級でしたね。

ディエゴ アルゼンチンの北東部には「パンパ」という草原が広がっていて、牛や羊はそこで放牧されて育ちます。牛たちがどこにいるかもわからないくらい広いのですが、肥えた土地に自生する草を食べてノンストレスに育つことでお肉は柔らかく、旨味も抜群になるんです。

土井 お店でもアルゼンチン産のお肉を使っているんですか?

ディエゴ アルゼンチン産は一種類、その他はすべてアメリカ産です。というのも、アルゼンチン産のお肉は、それこそアルゼンチンやヨーロッパで人気なので日本で手に入れるのはなかなか難しくて。ただ、アルゼンチン人が育てているお肉なので、アルゼンチン産に引けを取らないくらい絶品ですよ。

土井 赤身が引き締まっていて、ワインともよく合いそうですね〜! アルゼンチンでは、アサードはどんな時に食べるんですか?

ディエゴ 楽しい時も、寒い時も、暑い時も、どんな時でも食べます! 家庭でも作るので、マンションや一軒家の屋上やテラスには、基本的にアサード用の窯があって、僕の実家がある首都・ブエノスアイレスは、街を歩けば木炭の香りが漂ってきますよ。

土井 アルゼンチンの国民食なんですね! お肉をレアで食べることはあまりないんですか?

ディエゴ そうですね。でも、今年7年ぶりにアルゼンチンに帰ったときはレアで食べている人も見かけました。うちの母ちゃんみたいな年配の人は、紙かと思うくらい味がしなくなるまで焼いちゃうんですけど(笑)、時代も徐々に変わってきてますね。

土井 アルゼンチンの肉料理=牛肉というイメージですが、牛以外もアサードにすることはありますか?

ディエゴ メインはやっぱり牛ですが、鶏、豚、羊なんでもありです。変わらず塊を炭火でじっくり焼いて、味付けは塩胡椒のみ!

土井 塊だと、お肉の旨味をより一層堪能できそうですね。お肉料理以外に、お店ではパスタもメニューにあるんですね。

フィットチーネやニョッキなど、種類によっては手打ちで作るという本格パスタは、旬の食材でメニューが変わる。夏の間は、しらすとチェリートマトとアボカドを使った、爽やかなリングイネ冷製パスタ。¥1,350

ディエゴ 19世紀から20世紀にかけて移住してきたイタリア移民の影響で、アルゼンチンにはイタリア料理が多く、ピザやパスタもよく食べるんです。でも、本当にアサードかピザかパスタばかりなので、アルゼンチンに帰ると僕はすぐにラーメンが恋しくなります(笑)。

土井 絶対美味しいだろうけど、旅行に行ったら少し太りそうですね(笑)。日本には何歳からいらっしゃるんですか?

ディエゴ 出稼ぎのために17歳で来日しました。祖父が沖縄の人なのでビザもすぐに発行できて、両親と姉と妹と家族全員で来たのですが、最初は日本語もできないから工場で働いて。20歳の頃に飲食店で働き始めて、せっかくならアルゼンチン料理を作りたいと思い、2000年に『コスタ・ラティーナ』をオープンしました。最初は大井町にあったのですが、2005年に松見坂に移転したんです。

こちらの建物の1階から3階まですべて『コスタ・ラティーナ』。もともとは1階は駐車場、2階と3階は畳部屋だったが、ディエゴさんとお父さんともう1人のスタッフの3人で改装工事したという。今年の夏には、屋上のテラス席も開放予定。
1階のキッチンでは、たくましい男性たちが調理している。

土井 アサードという言葉に聞き馴染みはなくても、炭火焼のお肉料理だとわかれば日本人にもすぐ受け入れられそうですよね。

ディエゴ 実は、最初はいいお肉に出合えなかったので、パスタやおつまみが食べられる「中南米バー」のような感じで営業していたんです。10年前にやっとアサードもメニュー入りしたんですよ。

土井 本場の味を知っているディエゴさんでさえ、納得できるお肉を日本で探すのに苦労されると思うと、アサードを東京で食べられるのはとても貴重なんですね。

ディエゴ 今度、千葉の岩井海岸という場所で「コスタ・ラティーナ・ヴィラ・リゾート」という宿泊施設を8月にオープン予定なのですが、そこではお店のスタッフがパーソナルシェフとして料理も振る舞う計画を立てていて。なので、千葉でもアサードを楽しめるようになりますよ! プールやサウナも付いて、目の前は海。1日1組で最大10人泊まれるので、そちらもぜひ遊びに来てくださいね。

土井 宿泊できてアサードも食べられるなんて、まるでアルゼンチンに旅行に行くみたいですね! 次はそちらに遊びに行きたいと思います。今日はありがとうございました!

土井さんからの取材メモ「アルゼンチン料理といえばステーキだと思っていました。ですが、ステーキではなくアサードなのです! お肉の焼き方、選び方、すべてが私の知っているステーキとは別物でした。絶妙なバランスで火を操り、肉を焼いていく料理人の方は身体は大きいけれどとても繊細。ディエゴさんは本来のアサードをチーム一丸となって忠実に再現されています。アルゼンチンワインの種類も豊富で、大勢で行くのをおすすめします! お腹を減らして、アサードを堪能してください!」

インフォメーション

コスタ・ラティーナ

東京都目黒区駒場1-16-12 ☎︎03・5465・0404 月〜金18:00〜4:00、土・日12:00〜15:00・18:00〜4:00 無休

HP:http://costa-latina.com/esn/

今回取材したお店の国について

アルゼンチン共和国

・国土は南米でブラジルの次に大きく、日本の約7.5倍。
・16世紀から19世紀までスペインの植民地だったこと、19世紀から20世紀にはイタリアからの移民が多かったことから、民族は97%がスペインやイタリアなどのヨーロッパ系。ゆえに公用語はスペイン語。
・スペイン語で美味しいは「デリシィオーソ」。
・タンゴの発祥地、首都・ブエノスアイレスは、温暖で雨も少なく暮らしやすい。

場所はここ