フード

異国の店主と土地の味/パレスチナ料理店『アルミーナ』Vol.21

インタビュー・土井光

2023年9月12日

interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム

『アルミーナ』店主のシャディ・バシイさん。

土井光(以下、土井) 『アルミーナ』は、パレスチナ料理レストランということですが、今のパレスチナは情勢が複雑ですよね。パレスチナ人であっても、レバノン、ヨルダン、シリア、エジプトなどの周辺国やイスラエルに国籍があるという方が私の知人でも何人かいるのですが、バシイさんの故郷はどちらにあるんですか?

シャディ・バシイ(以下、バシイ) イスラエルです。ものすごーく簡単に歴史を説明すると、長年パレスチナ人が暮らしていた地中海東岸のパレスチナという地域に、第二次世界大戦後の1948年にユダヤ人がイスラエルという国を建国したんです。それ以降、パレスチナ人とユダヤ人はパレスチナの土地を分割することになったのですが、僕の先祖は代々、ハイファというイスラエルの領土になったところに住んでいたので、僕はパレスチナ人だけれど、国籍はイスラエルなんです。おっしゃるとおり、中東戦争で周辺の国に逃れた人も多いですね。

土井 人種と国籍が違うのは、ただ単に引越しや移住というわけではなく、戦争の結果そうならざるをえなかった、ということなのですね。私、実は、ハイファを旅行したことがあるんですよ。ご飯も美味しくて、市場に行けばザクロなどのフルーツもたくさん売っていて、街も綺麗でした。

バシイ ハイファでは、おじが営んでいたアラブ系レストランの手伝いを15歳のころからして、イタリアンレストランで8年間シェフをしていました。今は、パレスチナ人としてできることを、と思ってパレスチナ料理のお店を頑張っていますが、日本に来る前は、オランダ・アムステルダムのベーカリーで働いていた時期もありましたね。

上から、細かく刻まれたパセリ、トマト、オニオン、ミントなどが混ぜ合わされたタブーリ・サラダ(¥1,470)、ラムのひき肉をピザ生地に載せて焼き上げたラヘム・ベラジン(¥1,100)、インゲン豆の炒め物やフムス、焼きナスや空豆のディップなどのアラブの代表的な前菜の4種盛り(1人¥1,470)。4種盛りには、ベーカーだったバシイさんが手作りするピタパンもついてくる。

土井 紆余曲折はあれど、幼いころから料理の道一筋なんですね! 日本にはいつ来られたんですか?

バシイ ワールドカップでサッカーを観賞するために、2002年に初めて日本を訪れて、いろんなことをできるチャンスがありそうだと感じて、2004年から本格的に住み始めました。当時は日本語はまったく話せなかったけど、僕はアラビア語、ヘブライ語のほかに英語もできるので、異国で暮らすことに不安はなかったんですよ。でも、想像以上に英語を話せる日本人が少なくて、かなり苦労しました……。僕と同じ、イスラム教徒も今以上にマイナーでしたし。

土井 イスラム教徒の方は、一日数回のお祈りやラマダン(断食)などの宗教上の義務があるからこそ、理解が追いついていないと大変ですよね。食事もハラル料理を召し上がると思いますが、そういうレストランだって、きっと数えるほどしかなかったんじゃないですか?

バシイ そうですね。イスラム法で食べることが許されている食材を使って作ったものをハラル料理と言いますが、その言葉は以前に比べて認知されていても、内容はまだまだ日本では浸透していないですし。

ハラル料理を作れるシェフが日本では希少なため、イベントのケータリングや、ゲストシェフとしてホテルでハラル料理を振る舞うこともあるバシイさん。また、日本に旅行にきたイスラム教徒のために、ハラル食材を使って和食を作るケータリングもしているそう。

土井 豚肉やアルコールがNGというのは一般的にも知られていると思いますが、たしかに詳しくは知らないかも。

バシイ 牛肉や鶏肉は食べられる食材ではありますが、豚由来のエサで育ったものはダメです。あと、少々残酷な話ですが、屠畜の前に必ずお祈りをし、電気ショックなどではなく、首の部分をカットしてはじめに血を抜き、菌を出し切ってから屠畜したものでないとハラルと言えません。アルコールは、たとえ成分が飛んでしまうにしても調味料としてでも使ってはいけません。イスラム教徒でさえ、ここまで厳密に守っている人も今では珍しくなってきてはいますけど、細かくいうと本当にいろいろあるんです。

土井 でも、そのお肉の屠畜方法なら、必然的に肉の質もよくなってヘルシーになりそうですね。

バシイ そうなんです。ヨーロッパでは、ハラル料理=ヘルシーということでポピュラーになってきていますよ。

土井 ハラル料理でもあるパレスチナの料理は、どんなものがあるのですか? マンサフやマクルベなど、馴染みのない名前が多いですが…。

バシイ どちらも聞いただけだと区別が付きにくいですが、ローストチキンを使ったマクルベは日常的に食べられる家庭料理、ラム肉を使ったマンサフは結婚式などの冠婚葬祭に食べられるハレの日の料理です。大人数で来てもらって、食べ比べするのが面白いかもしれないですね。大食いなアラブの人たちのように、前菜、サラダ、メインディッシュを平らげて、パレスチナ料理をフルに体感してもらいたいです。もちろん、食後のデザートも!

右上がマクルベ(¥2,310)、左下がマンサフ(¥2,420)。マクルベは、ローストチキンと野菜をタイ米と一緒に炊き込んだピラフのようなもので、冷たいヨーグルトソース添え。シナモンやナツメグなどのスパイスがたっぷり使われており、甘味もありお米もしっとり。マンサフは、柔らかく蒸したラム肉がバスマティライスの上に載せられ、スパイス入りの温かいヨーグルトソースといただく。ミックスナッツも入り、風味豊かな一皿。
無塩バターなどを加熱して作るバターオイル「ギー」と、ゴートチーズを混ぜ合わせたパレスチナ伝統の温かいチーズケーキ「クナーフェ」(¥1,200)。ヌチヌチした食感で、爽やかなミントティー(¥550)などと一緒にゆっくり食べ進めるのがおすすめ。表面に振りかけられた、小麦粉から作る糸状の生地「カダイフ」のパリパリ感も楽しい。

土井 ヨーグルトソースをたっぷりかけていただくと、さっぱりしていて暑い時期には特によさそうですし、酸味が効いているので疲れているときに食べると元気が出そうですね!

バシイ パレスチナ料理はインド料理などと勘違いされる時もあるのですが、使っているスパイスも全然違いますし、辛味もなく子供から大人まで食べやすいんです。ハラル料理のことも、パレスチナ料理のおいしさも、もっともっと日本に広めることができたら嬉しいですね。

土井さんからのコメント。「パレスチナ料理がどのような料理か想像できずにいましたが、一口食べれば優しい家庭料理に、日本の懐かしい味が連想できました。強すぎないスパイスに優しいシナモンの香りが食欲をそそります。バシイさんとお話していると、たくさんの経験を積んで日本に来られているからこそ、いろんな角度から人種や国の違いを感じつつ純粋な気持ちでレストランを経営されているのが伝わりました。アルコールがないから……と思わず、代わりにとっても美味しいノンアルコールが用意されているので、ビールがなくても充分楽しめます。店内にはパレスチナの美味しいオリーブやデーツも売られていて、旅行に来た気分が味わえます。ハラル料理やパレスチナ、イスラエルのお話もぜひバシイさんから伺ってください。本格的な中東料理を味わいたい方に強くおすすめします!」

インフォメーション

AL MINA

◯東京都千代田区神田多町2-2-3 第3ハヤカワビル B1F ☎︎050・5462・1245 17:00〜22:00 日休

今回取材した店主の出身地について

パレスチナ

◯国ではなく、西アジアの地中海東岸一帯の地域名のこと。
◯パレスチナの中心地、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の聖地。
◯パレスチナの地は、かつてはユダヤ人のイスラエル王国だったが、紀元前1世紀にはローマ帝国の領土となり、その後アラブ系住民が移住。その地域に住む人々が、「パレスチナ人」となる。
◯1948年にユダヤ人が再びイスラエルという国を建国。その結果勃発した中東戦争により、故郷を追われ難民となっているパレスチナ人が多く国際的な問題に発展している。
◯パレスチナの名産品はオリーブオイル。今でも限られた土地の中で生産は続いている。
◯パレスチナ人の公用語はアラビア語。アラビア語でおいしいは、لذيذ(ラディーズ)。