フード

FOREIGN RESTAURANT’S OWNER IN TOKYO Vol.15

🇩🇰『BRØD』クリスティーナさん/インタビュー土井光

2023年3月2日

interview: Hikaru Doi
design & text: Shoko Yoshida

海外から来た方が日本でオープンした外国料理の店は、味はもちろんだけど、それと同じくらい店主の人柄や考え方が魅力的だったりする。各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の名店の店主を料理家の土井光さんと巡るコラム!

パンと一口に言っても、世界にはいろんなパンがある! 私はかなりのパン好きです。日本の柔らかいのも好きだし、イタリアの素朴なものやフランスの小麦の香り高いものも大好き。ですが今回の『BRØD』のパンはこれまた全然違った味わい! ただただ、美味しい!という分かりやすいパンではありません。風味がよく、乳酸菌の酸味が旨味と重なり主張が強すぎず、味わい深い奥行きのあるパンなのです。クリスティーナさんのお話を聞きながら食べると、さらに実感することができました。でもこの味の根本には大切な人たちの身体や自然や環境を思う優しさがあるのだと思います。お腹が喜ぶ、身体が喜ぶ、そして生活にハリが出るようになる、そんな素敵なパンです。広尾駅からすぐなので、是非足を運んでみてください!

今日はよろしくお願いします! 実は、大好きだった日暮里のベーカリー『VANER』の閉店をきっかけにこのお店を知ったんです。『VANER』で働いていた方がこのお店に移籍されたそうですね。

そうなんです。このお店はデンマーク人の夫(冒頭写真左)と2022年の12月にオープンしたばかりですが、経験者のベーカーたちにも支えてもらいながら日々頑張っています。

オープン直後にすぐお伺いしたのですが、サワードウブレッドがシンプルなのに味わい深くて、とても美味しかったです。オープン前からパン作り経験はあったのですか?

はじめはオンラインショップのみでパンを販売していたんです。マンションの小さな一室にオーブンを置いて小規模でパン作りをしていたのですが、『青山ファーマーズマーケット』に1年以上出店をしたり、注文数も増えたことでいよいよ店舗を持つことに決めました。

広尾駅から徒歩約1分。細い路地の奥に佇むこじんまりとした建物は元蕎麦屋で、和の雰囲気が漂う。2階を調理場にして、1階で出来立てのパンを販売している。

パン作り自体はいつからスタートされたのですか?

夫の仕事の都合で日本に住み始めた頃なので、5年ほど前ですね。小学生の娘がいるのですが、学校の給食で出てくる日本のパンが体に合わず、体調を崩すことが多くて。それをきっかけに、消化によいサワードウブレッドを独学で作り始めたんです。デンマークにいた頃は別の職業に就いていてパンを作る余裕はなかったですが、来日後はしばらく専業主婦で時間もあったので、趣味のような感覚でしたね。

日本のパンはふわふわで甘味があり、オーガニックではないものも多いので、慣れていないと体に合わないことも確かにありそうですよね。

そうなんです。デンマークのマーケットに行けば、50%ほどはオーガニック食品なのですが、日本だと少ないですよね。それもあって、材料はできる限りオーガニックにこだわりました。娘の体のためにも、全粒粉をたっぷり使ってミネラルたっぷりに仕上げています。

定番のカントリースタイル。外側は噛み応えがあり、内側はしっとりと柔らかく、サワードウ特有の酸味と素朴な風味が味わえる。¥1,650

ご家族の健康のためにパン作りがスタートしたのですね。

日本ではなかなか見つからない、ライ麦100%のデンマークの家庭的なパン「ハイムデル」が恋しかったことも理由の一つです。ただ、時間があるから作りすぎちゃって(笑)。はじめは友達に配っていたのですが、徐々にパーティやイベントで作って欲しいと声をかけてもらう機会が増えたので、ビジネスとして本格的にスタートさせました。

生のアマニ種やひまわりの種、ドイツ産の粗挽き穀物などが豊富に入ったライ麦100%のパン「ハイムデル」。薄くスライスして食べるのが主流で、常温での保管は1週間ほど可能。¥1,850
デンマークの家庭では、薄くスライスしたハイムデルに具材をトッピングしてオープンサンドスタイルで楽しむ。レバーパテやクリームチーズとサーモン、茹で海老と卵とマヨネーズなどをのせて、子供たちは学校にランチとして持っていくことも多いそう。

フランスの料理学校に通っていた時にパンの授業を受けたことがあるのですが、発酵=難しいというイメージがあります……。サワードウはイーストを使わないんですよね?

サワードウブレッドの場合は、小麦粉やライ麦粉に水を混ぜて自然発酵をさせたスターターに、粉と塩を加えるだけなので実はとてもシンプルなんです。

材料は粉と水と塩のたった3つなんですね。自然発酵を成功させるコツはあるのですか?

日々のお世話が欠かせません。私たちは「餌をあげる」と言っているのですが、閉店後の22時に戻ってきて粉と水を与えたり、暖かいところに出してあげるなど環境を整えることが大事ですね。元気な状態の時はヨーグルトのようなクリーミーな香りがするので、朝出勤したらすぐ匂いを嗅いで健康チェックをします。そうしていると愛着も湧いてきて、今ではスターターごとに名前を付けています(笑)。

元気な状態のスターターがこちら。泡がぽこぽこと溢れ出し、まるで生きているかのように膨らんでいるのがわかる。
環境の変化などからスターターの中の菌が死んでしまった場合に備えて、乾燥させて保存もしている。水を与えると再び菌が動き出すそうで、クリスティーナさんは貴重なバックアップと呼んでいる。

まるでペット同然なんですね。材料はシンプルだけど、いざ作るとなると熱意と愛情が必要ですね!

根気強く向き合う姿勢を常に持っていたいですね。例えば、同じメーカーの粉でも収穫時期が違えば生息している菌にも差が出るため、作り方を臨機応変に変えないと十分に発酵しないんです。でも、それをストレスに思わず、自然の材料に合わせて調整していくことを楽しめるのがベーカーとしてのあり方だと思います。

スターターが十分に発酵しなかった時でも、クルトンやラスク、グラノーラなどにして食品ロスを減らしている。クルトン¥000

それは料理にも同じことが言えます。レシピ通りに作れば上手くいくと思いがちですが、それぞれの素材に寄り添わなければ本当の美味しさには辿りつかないんですね。

ちなみに、お店のスターターを欲しいというお客さんがいれば、販売もしています。デンマークのパン屋さんではごく普通のことで、スターターを分け合うという文化があるんです。

日本でいうぬか床みたい! 日本ではまだサワードウブレッドは馴染みのない方も多いですが、このお店からさらに広がっていって、食の選択肢が増えたら素敵だと思います。

サワードウで作ったクランチーなカルダモンロール(左)とシナモンロール(右)。ヴィーガンバターを使用しているため、ヴィーガンの方も食べられる。各¥500

「家族やお客さんに健康的なものを食べて欲しい」というのが一番の願いなので、私たち『BRØD』が信じるよいものがより多くの方々に届くと嬉しいですね。

オンラインショップでいつでも購入できますし、またすぐに遊びにも行きたいと思います。今日はありがとうございました!

インフォメーション

BRØD

◯東京都渋谷区広尾5-4-20 ☎︎070・1527・5767 10:00〜16:00 日・月休

Instagram: @brod.jp