各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム。

土井光(以下、土井) 『アル・アイン』は、アラブ諸国のアラビア料理を食べられるそうですが、アラブ諸国と一口に言っても、どの国が含まれるのですか?
ジアード・カラム(以下、ジアード) アラビア語を話すアラブ人が多く暮らす国というふうに定義されていて、僕の生まれたレバノンはもちろん、アラブ首長国連邦、ヨルダン、シリアなどの中東地域の国と、モロッコやチュニジアなどのアフリカ大陸の国も合わせて20か国ほど含まれます。宗教もいろいろで、ワタシのようにキリスト教徒もいれば、イスラム教徒もユダヤ教徒もいますね。あらゆるアラブ諸国の料理を食べられるのがこのお店のポイントだけど、特にこの国の料理が食べたいという希望があればメニュー選びをお手伝いしますよ。
土井 それならぜひ、ジアードさんの故郷であるレバノン料理をいただきたいのですが、どのメニューがおすすめですか?
ジアード レバノンといえば、前菜はまず、ペースト料理とタブーリサラダ、ケッベは必須! 日本人に馴染みのあるクスクスもメニューにあるけど、実はモロッコやチュニジアの方でよく食べられる料理で、レバノンでは意外と食べないんです。なので、メインディッシュはシシ・カバブとバミヤがいいかなと思います。






土井 どれも辛味はなく、素朴な優しい味わいで食べやすいですね。味付けがしっかりしているので、ワインともよく合う! そういえば、数年前に住んでいたフランスのリヨンにはレバノン料理店がたくさんあったのを思い出しました。
ジアード キリスト教やイスラム教が混在して、政治のシーンでも宗教が複雑に絡み合うレバノンでは、宗派間の衝突から’75〜’90年まで内戦があったんです。その時に大勢のレバノン人が海外に移住したので、世界の至るところにレバノン人のコミュニティがあるんですよ。レバノン人がいない国はない、と言われるほどね。あと、レバノンに住むレバノン人は、アラビア語と一緒に英語、フランス語も学校で習うから、どこに行っても言語にはあまり困らない。
土井 ジアードさんは今、日本語と合わせて4ヶ国語喋れるということですね。
ジアード そういうことです。でも、33年前に初来日したときは全く喋れなかったですよ。日本のクウェート大使館のシェフだったのですが、大使館での仕事は英語を使うことがほとんどだったから日本語は喋らなくても生活できましたし。あぁ、でも、名前の最後に”さん”をつけて呼ぶという文化を知らなくて、日本人の上司を怒らせてしまったことはありましたね。
土井 前職は大使館のシェフだったんですね! 何年ほど勤めていらっしゃったんですか?
ジアード 7年間くらい。結婚を機に大使館を退職して、奥さんの地元である横浜に引っ越して、そのあとすぐに『アル・アイン』を1995年にオープンしたんです。お店ができてから、区役所で日本語の講座を受けたり、奥さんに教えてもらいながら日本語を勉強しはじめました。







土井 日本語を覚えながらだと、接客なども苦労されたんじゃないでしょうか……?
ジアード オープン当初は、メニューの説明なども奥さんにかなり助けてもらいましたね。でも、レバノン人はおしゃべりが大好きなので(笑)、ワタシもお客さんと喋ることで日本語が身についていきました。今はレバノン人スタッフや、大学を卒業した娘もお店を手伝ってくれていますけど、それでもシェフはワタシ1人だけです。

土井 オープン時から変わらず、オーナーシェフなんですね。
ジアード お店での営業以外に、来日したアラブ諸国の首相やVIPのためにホテルに出向いて料理を振る舞ったり、アラブ諸国の大使館の独立記念日パーティなどでケータリングを担当したりもすることもあるけど、100人以上もいる大人数のケータリングのときでも基本はワタシが頑張って作ります。数日寝ないなんてこともありますね。
土井 料理人が1人だと忙しくて大変だとは思いますが、ジアードさんご本人が作るからこそ心のこもった丁寧な味になるのだなと思います。それに、アラブ人たちからの信頼が厚いということも、ジアードさんが本物のアラビア料理を提供している証ですね。


インフォメーション

AL AIN
◯神奈川県横浜市中区弥生町2-17 ストークタワー大通り公園1ビル B1F ☎︎045・251・6199 17:00〜22:00 月休※不定休あり
今回取材したお店の国について

レバノン
◯地中海東岸に位置し、国土は細長。
◯面積は日本の岐阜県と同じくらい。
◯国民の95%はアラビア語を話すアラブ人。
◯宗教はイスラム教やキリスト教の各宗派が複雑に混在。
◯アラブ諸国の中で唯一砂漠がない。
◯アラビア語でおいしいは、لذيذ(ラディーズ)。
⇩場所はここ⇩
