フード

異国の店主と土地の味/ロシア料理店『アンナズキッチン』Vol.27

インタビュー・土井光

2024年3月15日

interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

『アンナズキッチン』店主のルシコヴ・ヴラディスラヴさん。

土井光(以下、土井) 目黒駅のすぐそばに、こんなに可愛らしくて入りやすい雰囲気のロシア料理屋さんがあることをつい最近知りました! 店内はまだ新しいように見えますが、オープンしたばかりですか?

ルシコヴ・ヴラディスラヴ(以下、略称でヴラッド) オープンは昨年の7月です。自分のお店を持つのは、高校生の頃からの夢だったんです。ロシア人は、知り合いが家に遊びにくることに対してとてもウェルカムで、お手製の料理でもてなすことが好きな人が多いのですが、僕も自分が作った料理を食べて喜んでもらえるのが何より嬉しくって。

「料理人の顔と仕事が見えると安心してご飯を食べられるから」と、キッチンは中が見える作りに。店名についている「アンナ」は、ロシアや日本はもちろん、世界中の様々な国で広く使われているボーダーレスな名前で、多くの人に愛されてほしいという意味を込めて命名したのだそう。ちなみに、ヴラッドさんの娘さんの名前もアンナ。

土井 飲食のお仕事はまさに天職ですね。夢を抱いていた高校生の頃は、ロシアと日本、どちらに住んでいたんですか?

ヴラッド 僕は10歳から日本に住んでいるんです。でも、高校生までは日本のロシア学校に通っていたので日本語は少し話せる程度だったんですよ。それが、2011年の東日本大震災の時にロシア学校が閉鎖してしまって、ロシアに帰る選択肢もあったんですが、日本の高校に転校することにしたんです。日本語の読み書きもできないのに(笑)。今思うと、チャレンジスピリットがすごく大きかったですね。

土井 異国に住むこと自体もそうですが、その先のコミュニティに飛び込むにはさらなる勇気がいりますよね! でも、チャレンジした分だけ大きく成長していくのだろうと思います。

ヴラッド 当時の自分のおかげで日本語が身についたからこそ、日本の大学に進学できたし、ロシア語と日本語のバイリンガルっていう珍しい強みを生かして日本の会社に就職してロシア駐在員を任せてもらいました。でも、やっぱり飲食の道を諦められなくて、1年間で会社を辞めて、吉祥寺にあるロシア・ジョージア料理店『カフェロシア』に勤めたんです。そこで接客や経理のやり方を教わって、2年後に独立して『アンナズキッチン』をスタート、というのが10代から今までの経緯ですね。

塩漬けや酢漬けのニシンと、ジャガイモ、玉ねぎ、卵、人参、ビーツを重ねた色鮮やかなミルフィーユサラダ。ロシアの一般的な家庭料理だそうで、マヨネーズがたっぷり使われており、一切れ口に入れるといろんな味が楽しめる。『カフェロシア』が最初につけた「毛皮のコートを着たニシン」というメニュー名を踏襲している。¥1,080

土井 独立までの時間が比較的短くて、決断が早いですね。何かきっかけがあったんですか?

ヴラッド ロシア料理とウズベキスタン料理のポップアップを2週間限定で独立前に開催したことがあったのですが、お客さんが600人以上も来てくれて、僕の料理に興味を持ってもらえたことが自信になったんです。日本人好みに寄せたわけではないのに、日本人の舌に合う優しい味だねとも言っていただけて。

ランチセットは、ボルシチ、ピロシキ、キノコクリームのつぼ焼きに、紅茶のクリーム添えりんごケーキまでついて1600円! キャベツ、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ジャガイモ、ビーツ、牛肉、パプリカをたっぷり入れて長時間煮込んだボルシチは、スープにも野菜のうまみが染み込んでいる。揚げずにオーブンで焼いたピロシキはカリッとして軽い食べ心地で、中の具材は野菜かお肉か選べる。
つぼ焼きのパイの下に隠れているキノコクリームは、生クリームだけで仕上げた超濃厚な味わいで、サイズ感はコンパクトながらに満足感が大きい。パイの部分は、スプーンで穴をあけて食べるのもいいが、本場ロシアでは丸ごと取って少しずつちぎりながらキノコクリームにつけて食べるのだそう。

土井 たしかに、塩気とかスパイスが強く効いたものではなく、日本人がどこか懐かしく感じる丁寧で素朴な味がします。ロシアはとにかく面積が広いですが、地域によって味や使う食材、調理法などは結構変わるんですか?

ヴラッド ボルシチは特に地域性がありますね。たとえば、モスクワならジャガイモを入れるのに対して、極東の方だとジャガイモではなく豆類が入るとか。うちのお店では、僕が家で食べてたものと、勤めてた『カフェロシア』のものとがミックスされたようなレシピなので特定の地域の味ではないですが。あと、ここ最近議論されるのは、上に添えらえるのがサワークリームかマヨネーズか。これはもう戦い(笑)。マヨネーズは90年代頃から流行り始めたから、マヨネーズの方がイマドキな感じですね。

土井 語り出したら止まらなそうな戦いですね(笑)。『アンナズキッチン』は、ロシア以外にもジョージアとウズベキスタンの料理も食べられるみたいですが、どうしてその3つを合わせたんですか?

ヴラッド ジョージア料理は勤めていた『カフェロシア』で作っていましたし、ウズベキスタン料理は実はロシアですごくポピュラーなので。ウズベキスタンは旧ソ連でもあるので、文化も近いですしね。

ロシア料理店たるもの、やはりウォッカもいろいろある。左はすっきり飲みやすい赤唐辛子テイスト、右はスイートな塩キャラメルテイスト。ショット(¥650〜)で飲めば、体もポカポカあたたまる。
アルメニアやジョージアなどの日本では珍しいワインも。右から、洋梨のような果実感があるアルメニア産の辛口白ワイン「クール・ホワイト」、ジョージア・カヘティ地方で造られ、イチジクのような深い風味がある甘口赤ワイン「キンズマラウリ」。左2つは、アルメニアの土着品種アレニにブラックベリーとザクロをそれぞれブレンドしたアルメニア産フルーツワイン。グラス¥950〜

土井 お店のスタッフは、みなさんロシアの方でしょうか?

ヴラッド ロシア人はもちろん、他にもウズベキスタンやウクライナ、ラトビアから来た人たちもいます。外国出身のスタッフが、日本の文化を知りたい、日本語で会話したいと思っているのと同じように、ロシアやロシア語に興味がある日本のお客さんが来てくださるので、お店が多文化交流の場になっていますね。

土井 お互いを知ることを楽しみ、複雑な社会情勢を感じさせない世界が『アンナズキッチン』には広がっているんですね。通し営業で定休日もなし、思い立ったらいつでも行けるのが最高なので、またすぐ食べに行きます。今日はありがとうございました!

土井さんからのコメント。「お店は可愛らしいカフェのような雰囲気でほっとする店内。どんなお料理があるのかとメニューに目をやると、様々な種類のお料理があることに驚きます。ロシア料理に慣れないためヴラッドさんに伺ってみると、とても親切に一つ一つのお料理を説明してくださりました。ロシア近辺の国々を中心とした料理は、どこか懐かしく、温かさを感じます。スタッフの皆さんの出身地を聞くと様々な人種のロシア語を話すドリームチーム。おいしいご飯で繋がるこのレストランこそ世界の理想の姿があるなあと感動しました。ヴラッドさんはレストラン、という空間以上にお客様のお家や仕事場とは違う、居心地のいい居場所を提供しているのだと実感しました。人と空間と料理が繋がる、とてもいい気が流れている魅力的なお店です! 取材の日はジョージアンダンスのイベントも開催されており、活気のある空間となっていました。文化的にも楽しめる、美味しい明るいお店にぜひ皆さんも足をお運びください!」

インフォメーション

アンナズキッチン

◯東京都品川区上大崎2-17-4 ☎︎03・6303・9037 11:30〜22:30 無休

HP: https://annaskitchen.owst.jp/

今回取材したお店の国について

ロシア連邦

◯世界で最も面積が広い。
◯アメリカの約2倍、日本の約45倍。
◯人口は、日本の1億2千万とさほど変わらない1億4千万ほど。
◯メジャーな宗教はロシア正教会。
◯約190もの民族が暮らす多民族国家。
◯スープとパンはセットで食べるの絶対。
◯ロシア語でおいしいは、「вкусно」(フクースナ)。

場所はここ

わかってはいるけど、それでもデカい。