フード

異国の店主と土地の味/キューバ料理店『キューバサンド&デリ アイナマ』Vol.28

インタビュー・土井光

2024年4月13日

interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム

『キューバサンド&デリ アイナマ』店主のロベルト・ミロ・ルアセスさん。

土井光(以下、土井) キューバの国旗と同じブルーとレッドの色合わせが目を引く、素敵なお店ですね……! いつオープンされたんですか?

ロベルト・ミロ・ルアセス(以下、ロベルト) 2020年です。その前に、キューバ料理のレストランを2012年から3店舗ほど経営していたのですが、当時からキューバサンドが人気だったんです。それで、レストランをすべて閉業した後にキューバサンドの専門店を始めました。

テイクアウトのお客さんが多いが、店内とテラスに椅子もあるのでイートインもできる。他に、不定期でイベントに出店するフードトラック(出店情報はHPから)もある。

土井 キューバサンドと聞くと、映画の『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』の印象が強いです。パンの表面にバターを塗りながら鉄板で焼くキューバサンドがとにかく美味しそうだなあって。

ロベルト 実は、その映画の日本でのプロモーションに私も携わっていたんですよ。映画が日本で公開した2015年に配給会社とコラボレーションして、フードトラックで代々木公園のフェスに出店したりね。でも、その時期にキューバサンド専門店をオープンしても、ブームが去ったときにきっと飽きられるだろうと思い、お店のスタートはまだ我慢。公開から時間も経ち、テイクアウト商品の需要が高まったコロナ禍のタイミングで、今だと思ってオープンしたんです。

土井 賢い……! 時代の流れの影響は想像以上に大きいですもんね。ここのキューバサンドは映画で観たものと違って、しっかり肉厚だけど斜めにカットされてスタイリッシュな雰囲気がありますね。

プルドポーク、ハム、チェダーチーズにマヨネーズとマスタードを合わせた定番のエル・クバーノ(980円)。パンは硬すぎず柔らかすぎず、ちょうどよい噛み応えで、スライスしたお肉を入れるキューバサンドもあるが、ここは基本プルドタイプ。キューバ発祥のモヒート(700円)も一緒に。

ロベルト 映画のはアメリカンスタイルなので、中身も違います。本場のキューバでは、猛暑だから野菜を入れないのですが、アメリカバージョンはピクルスが入っていたり。

土井 キューバサンドって、本場では主食になるんですか?

ロベルト 主食はライスで、サンドは軽食という感じ。うちでもメニューにある、ライスにお肉をのせて食べるメガ丼は本場でもポピュラーですよ。

14時頃に伺った取材の日はすでに売り切れで、後日開店と同時に行ってありつけた人気メニューのメガ丼(850円)。コングリ(黒インゲン豆と炒め炊きした黒いご飯)に、フリホーレス(黒インゲン豆のシチュー)と海老、プルドされた豚肉、牛肉、鶏肉が盛られてボリューム満点。

土井 たしかに、サンドにはお肉が入っていても軽々と食べられちゃうし、グアバペースト入りのスイーツ系メニューはおやつ感覚で楽しめますね。味付けにジャンクさは一切なく、あっさりとしていてむしろヘルシーに感じます。

ロベルト 食材は無添加にこだわっていて、近隣に住む子連れのファミリーからお年寄りもよく食べに来てくれますよ。上野のみなさんは優しくあたたかい方ばかりで居心地がいいんです。おかげさまで、私も初めてのお客さんにもまるで知り合いのように話しかけて、常にオープンマインドで接客することができています。

キューバで一般的なグアバペーストと、チェダーチーズを挟んだパン・コン・ティンバ(850円)。甘さがあるので、コーヒー(300円)がよく合う。
豚の皮を揚げたチチャロン(700円)や、自家製のサルサソースとアボカドペーストをのせたナチョス(850円)など、お酒のおつまみにもなるサイドメニューも。

土井 そういえば、ロベルトさんは日本語がとてもお上手ですが、いつから日本にいらっしゃるんですか? 

ロベルト 2001年に来日したから、在住歴はもう23年。私は8歳からサルサダンスをしていたんですけど、ダンスの先生をしている頃に日本に来る機会があって、はじめは3ヶ月のつもりが日本が気に入って住むことになって。2010年まで浅草でサルサダンス教室を開いていました。

土井 かっこいいですね! ロベルトさんのダンス、見てみたいです。でも、なぜそこからお料理の道へ?

ロベルト ある程度年齢を重ねたら、いつか飲食店をやりたいと小さい頃から思っていたんです。でも、料理の仕方とかレシピは全く知らなかったから、「あれってどうやって作るの?」って両親に電話で聞いて特訓しました(笑)。

フランクにお話ししている時とは一変、キッチンに入ると真剣な眼差しになるロベルトさん。

土井 それにしても、ダンサーさんだったとは凄い経歴ですね。私がフランスに住んでいた頃に習っていたヨガの先生もキューバ人だったのですが、優しい人だけれど、とても厳しい方で。うまくできないと、「やる気ないなら日本に帰れっ!」って言われたことも(笑)。

ロベルト キューバ人の国民性ですね。何事も、やるかやらないか。できないと言うくらいならやめればいい。日本みたいに曖昧な返事は絶対になくて、みんな白か黒かはっきりしていますね。私も仕事に対しては常にそういうストイックな姿勢ですよ。

ロベルトさん以外に、キューバ人のスタッフは2名ほど。ロベルトさん同様、にこやかな笑顔で対応してくれる。

土井 そうなると、曖昧な事柄が多い日本に来て戸惑うことが多かったんじゃないですか?

ロベルト 最初はそうでしたね。だから、誰かに雇われるよりも自分で会社を作って働こうと思った。でも、ちょこちょこアルバイトもしてるんですよ。『いきなりステーキ』とか、インターナショナルスクールの昼食弁当のデリバリーとか。今は、東京都内を走れるゴーカートを観光客向けに貸し出すストリートカート会社で働いています!

土井 ええ! ただでさえ忙しいはずなのにどうしてアルバイトを……?

ロベルト 年寄りになる前にやりたいことをやり尽くしたいって気持ちもあるし、雇われる立場でないと学べないこともあるので。スタッフ同士の会話で店長に対して思ってることを耳にすると、こういうふうにはしない方がいいんだなとか、経営者として気付かされることが多いんですよ。

土井 反面教師にするわけですね。

ロベルト そうです。で、たくさん働いたあとは、プライベートを全力で楽しむ! そのために働くし、そのバランスがとれてないと働く意義も見出せないでしょう。充実した人生を送るための私のモットーです。

土井さんからのコメント「上野の地下鉄を出て、大通りから小道に入ると水色の素敵な壁に目が行きます。いきなりハバナにある海の家のよう! 扉を覗くと満面の笑みでロベルトさんが迎えてくれます。店内のキューバサンドを焼いている匂いが、アメリカのハンバーガー店とは違う、もっとすっきりとした匂い。丁寧に鉄板でプレスされた具沢山のサンドは私が想像していたものとは全く違う、懐かしい味と食べやすいボリューム感でした。食感のよいチチャロンやナチョスも一緒に食べるととても楽しく、隣で食べているお客さんとも話し込んでしまう空間を繰り出してくれます。ロベルトさんは沢山の職業を経てこのお店をオープンし、今もなお沢山のことに挑戦されている方。遠い異国で自分の意思を貫きながら日本人と上手く関わり合い、誰からも愛されているであろうお人柄に、キューバサンドとロベルトさんはここのお客様にとって大事な存在であると感じました。キューバは遠くてすぐには行けないけれど、ここに来れば身体の芯からラテンの精神を感じられるはずです。この記事を読んだ次の週末には訪れる予定を入れてみてください!」

インフォメーション

キューバサンド&デリ アイナマ

◯東京都台東区東上野3-23-5 新井ビル 1F ☎︎03・6284・4547 11:30〜17:00(土12:00〜18:00、日12:00〜17:00) 月休

今回取材したお店の国について

キューバ

◯アメリカのフロリダ半島から南にわずか150kmの島国。
◯面積は日本の本州の約半分。
◯一年通して暖かい亜熱帯地域。
◯スペイン系の白人、黒人、混血、東洋系など人種が混在。
◯主流の宗教はなく、基本自由。
◯首都・ハバナを走るタクシーはクラシックでカラフルなアメ車。
◯公用語はスペイン語。
◯スペイン語でおいしいはEstá rico(エスタ リコ)。

場所はここ