フード

異国の店主と土地の味/台湾料理店『許厨房』Vol.26

インタビュー・土井光

2024年2月12日

interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム

『許厨房』店主の下田哲也さん(右)と許耀庚さん(左)。

土井 こちらのお店は、父のテレビ番組の取材で私も伺わせていただいた以来、プライベートで何度も通っています。ふらりと行ってさくっと食べられて使い勝手もいいですし、何より、ご家族のスタッフと常連さんたちで賑わう店内はアットホームで居心地がいいんですよね。

下田 父と僕が厨房で料理をし、ホールは母を中心に僕の姉2人と高校生の息子が手伝ってくれているんです。

土井 そういえば、息子さんの背丈がまだ低い頃にオーダーを取ってもらった記憶があります! ご家族は全員、台湾の方ですよね?

下田 両親は生粋の台湾人で、結婚後に横浜中華街に来日して45年経ちます。僕の姉2人は台湾で生まれて幼い頃に来日していますが、僕は日本で生まれて日本に帰化もしています。100%台湾の血が流れているけど、結婚した奥さんも日本人ですし、生まれ育ったこの街から離れることはないと思ってね。

店内の壁には、2014年に『許厨房』を開業した際にお店の前で撮った家族写真が。

土井 ご両親が来日したきっかけはご存じですか?

下田 その当時、好景気だった日本に出稼ぎに来たんです。中華街のお店は、朝の10時から深夜の2時まで当たり前に営業していたので従業員は働き放題でしょう。だから、台湾から日本へ出稼ぎに行く人が多かった時代なんです。ただ、ある程度稼いで数年経つと祖国に帰る人がほとんどだったそうですが、父は『陽華楼』(※すでに閉店)というお店の料理長だったので、帰らずに一生懸命働き続けたんですね。母も『北京飯店』のホールでバリバリ働き、気付いたら台湾より日本にいる年月の方が長くなっていた、というわけだそうで。

土井 お子さんを連れて異国の地へ来られたご両親のストーリーだけでも、たくさんのドラマがありそうですね。

下田 そんな両親のために『許厨房』を作ったといっても過言ではないです。というのも、いくら日本に長く住んでも、リタイアしたら台湾で余生を暮らす人が多く、僕の両親もいずれ台湾へ戻る可能性が高い。そう考えた時に、両親がこの街にいた証を何かしらの形で残したい、そして日本に遊びに帰ってきた時に安心して戻ってこられるホームを作ってあげたいと思ったんです。

色鮮やかな中華料理店がひしめく中華街で、他にはない真っ白な外壁と可愛らしいシェフのイラストがチャームポイント。
2022年に改装工事をし、店内もリニューアル。無駄な装飾のない、シンプルで清潔感のある内装。
下田さんの父・許さんが母から受け継いだレシピで作る本場の台湾料理から、上海や四川などの中国4大料理まで楽しめる。

土井 いろいろな思いと家族の歴史が詰まった大切な居場所なのですね。下田さんは、お店の開業前はどこか違うお店でお料理をされていたんですか?

下田 横浜の調理師専門学校を卒業してから、『崎陽軒本店』のレストランの厨房に8年勤めた後、中華ビュッフェレストランなどを手がける『柿安本店グループ』という会社に転職して、原価率計算やレシピ開発などの経営側の仕事を3年ほどしました。でも、『崎陽軒本店』にいた頃はベテランの先輩方が鍋を振り、自分のような若手は実践をなかなか積めずに中華料理の基礎だけ学ばせてもらったという具合なので、本格的に料理を作る立場になったのは『許厨房』を開業してから。ここで父と働くようになってから、台湾料理の作り方も知りましたね。

土井 『許厨房』のお料理は、どれも味がしっかり染み込んでいるけれど過度な辛味や塩辛さはなく、素朴で庶民的な優しい味わいで毎日でも食べられちゃいます。でも、台湾料理といっても、日本人がイメージするものとは若干違いますよね。ルーロー飯も、大きくカットした豚バラ肉が丼にゴロッと入った姿ではないし。

下田 たまにお客さんに「これって本当にルーロー飯?」と聞かれることもあるのですが(笑)、そのイメージは日本人向けにアレンジされたもので、ルーロー飯は本来、小腹が減った時に小さいお茶碗に入れて食べるおやつ感覚の食べ物なんですよね。それに、イカ団子スープとか大根の漬物とかおかずがいろいろつくのが本場の食べ方。

八角などの香辛料と一緒にじっくり煮込み、濃厚で甘辛い豚のひき肉を白米にかけたルーロー飯。半熟の黄身を絡めながらいただく。ランチセットはサラダ、ワンタンスープ、杏仁豆腐まで付いて930円。

土井 現地に旅行すると屋台がたくさんありますが、そういう場所で1日に何度かに分けて少しづついろんなものを食べるのが台湾人の食文化なんですよね。そういえば、メニューに四川料理の麻婆豆腐が入っていますが、台湾でも食べることがあるんですか?

下田 いや、基本はないんですけどね。でも、台湾料理だけにメニューを絞って営業するのはわかりづらさもあるし、ポピュラーな中華料理が入ってないと来店してガッカリする方も多いと思うんです。父は数々の中華料理店で働いてきた経験もあるので、店の看板ではあえて「中華料理店」と謳って、台湾料理以外のメニューも積極的に提供しています。

特製豆板醤で作る、痺れる辛さの麻婆豆腐。具材はシンプルにひき肉、豆腐、ネギのみで、上に添えられる葉にんにくの甘味がアクセント。下田さんいわく、「まだ日本で激辛麻婆豆腐が浸透していなかった頃から、父が当時勤めていた中華料理店で作っていた味です」。¥1,320

土井 自分たちの信念は曲げないで時代に流されず、かといって頑固にならずにお客さんの要望にも寄り添う。お店の移り変わりも激しい中華街で、10年間根付いていらっしゃる理由がわかった気がします。

下田 売れない、人に理解されない、と数年で諦めて違う方向に切り替えるのではなく、それを経験して生き残る術を独自に考えだしたところからが本当のスタートだと思うんです。両親のホームがいつまでも続くように、これからも頑張りますよ!

土井さんからのコメント。「中華街に行けばまず『許厨房』さんに足を運んでしまう、私のお気に入りのお店です。ご両親のお話などを初めて伺い、時代の大きな移り変わりの時に中華街で奮闘されていたと思うと、新しいお店ではありますが歴史を感じます。台湾料理だからと言ってそれを押し出さず、中華街のニーズに合わせたメニューを考えられていることを聞くと地元や観光客の方を大事にしている素敵なお店だとよく分かります。メニューにある中華料理も台湾料理の優しさを感じ、唯一無二のお料理ばかり。できたてのお皿はどれも香り高く、油っぽくないのでお腹がいっぱいでももう一品頼んでしまいます。ご家族で経営されているので、ほっこりとした会話が後ろから聞こえてくるのも心が温まります。家族と、友達と、一人でも、様々な用途に合わせて足を運んでみてください!」

インフォメーション

許厨房

◯神奈川県横浜市中区山下町188 ☎︎045・264・4689 11:30〜15:00・17:00〜23:00 水休

HP: https://www.kyochubou.com/
Instagram: @kyochubou

今回取材したお店の国について

台湾

◯正式な国名は中華民国
◯面積は九州よりやや小さめサイズの島国
◯共産党に敗れた国民党の蒋介石が大陸を逃れ、やってきた場所
◯朝から晩まで外食で済ませることが一般的な食文化
◯麺類をすする音を出すのは食事マナーが悪いとされる
◯北京語をベースとする台湾華語が公用語
◯台湾華語で美味しいは「好呷(ホージャー)」
◯飲み物やスープの場合は「好呷(ホーリン)」

場所はここ