TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】MODESELEKTORに贈るヤオヤのつまみ
執筆:高橋達也
2026年4月28日
前号、前々号と、本業の周縁にある話をしてきたが、今回はもう少し楽器に話を近づけたい。とはいえ題材は、KORGではなく、KORGの競合であるROLANDのTR-808(通称ヤオヤ)というドラムマシンです。ドラムマシンとは、ドラムやパーカッションのリズム音を生成する機材のこと。中でもヤオヤは、1980年から1983年にかけて生産された、まさに名機中の名機だ。ドラムマシンの歴史の中でも、最もアイコニックな一台と言えるでしょう。私、ヤオヤが好きです。
実は一度も所有したことがないのですが、なぜか私の人生に時折飛び込んでくる、彗星のような存在。初めて触ったのは、KORGに入社して数年経ったころ。ドラムマシンのリサーチで実機を入手し、音と、その音を生み出す電子回路の解析を行った。シンプルな回路なのに、なんて豊かで、圧倒的な存在感を持つグルーブなんだろう。感動したし、強い刺激を受けた。
いずれKORGを退社してドイツ・ケルンに移住した後の上司、Torsten Schmidtは、ビンテージ楽器を多くコレクションしている人物で、中でもヤオヤを2台持っていた。一台は年代物とは思えないほどの新品同様の状態で、もう一台は原型がわからないほど改造されていた。ヤオヤはシンプルだからいいのに、そのよさがまったく残っていない。作業は荒く、ハンダ付けも雑。何より、ほとんど機能していなかった。怪我をした動物のように見えた。
2019年に解雇通達を受けてから契約が切れるまでの期間は、仕事が収束しつつあり、時間ができたため、Torstenに怪我だらけのヤオヤを原型に戻すことを申し出た。その代わり、ラトビアで行われるフェスで彼のヤオヤを2台とも使わせてもらう。そういう交換条件で話は落ち着いた。
修復作業はつつがなく済んだ。当時のサービスマニュアルを見ながら、切り刻まれた電子基板の接続を一つずつ戻し、機能を一つずつテストした。元の姿と音に戻していく作業は、ほとんど瞑想だった。
修復が済んだら、目の前には2台のヤオヤ。ライブにこの2台が使える。しかも、両方とも非常に鳴りがいい個体。めったにないチャンスだ。ラトビアのウェアハウスで行われるレイブで、どう調理するか。崇拝する名機を2台も目の前にし、前号で述べた「憧れと反発」の二つの感情がムラムラと湧いてきた。圧倒的な敬意を持つと同時に、「壊してやりたい」というおかしな衝動もある。矛盾しているが、ここにこそ創造のタネが潜んでいる。そう思って、身を委ねた。
結果がこちら:
本来は16ステップでリズム音を鳴らすヤオヤから、超高速のハイハットを鳴らしたり、3つのタムでコードやメロディを作ったり、キックでベースラインを奏でたりできるようにした。リズム音しか出せないドラムマシンだけで「曲」が流せる。「曲」のデータは、露骨にブッ刺さっている2枚の電子基板に保存されていて、ミックスをしながらそれを入れ替えることで、DJのような感覚でライブ演奏ができる、という構想だ。
アイコニックなヤオヤを乱暴にいじり倒しながらも、これは私なりの究極のオマージュでもある。
詳細はマニアックなので、ざっくり箇条書きで。
– 外部シーケンサーからヤオヤ内部音源へダイレクトにトリガーを送る
– シーケンサーはオーディオレートで動作(連打が音程に感じられる)
– シーケンスそのものは、コントロール部に差し込む基板に前もって記録
– 基板を入れ替えて「曲」を変える
– パート別のオーディオはグルーピングしてミキサーへ
– ステレオミックス後にMID/SIDEエフェクト処理
– MIDにはPlasma Pedalの歪み、SIDEにはGranular Convolver
解雇になってしまったとはいえ、Torstenは非常にお世話になった人物だ。そもそもドイツに移住できたのも彼のおかげだ。感謝の思いを込めて、返却前に片方のヤオヤ(怪我をしていた方)に、特別なパワーアップ改造を施した。いつでも原型に戻せるように、内部の回路は一切切らず、追加するだけの改造だ。
本来は16ステップに制限されたヤオヤで、高速の連打ができたり、サイケデリックなポリリズムが作れたりする。ケルンの最後の日に、Torstenに実機を渡してベルリンに発った。
ベルリンに越してから、ヤオヤをいじる機会は数年なかったが、友人でもあるMODESELEKTORの二人から撮影のために一台借りたことがあった。借りてから、訳あって数年返していなかったのだが、返却が遅くなったお詫びに、メンテナンスとちょっとした特別な施しをしてみた。彼らのモチーフの猿の顔のツマミを作って贈ることにした。
真鍮の塊からCNCで削り出して、エポキシでお猿さんの背景を黒く埋めた。満足のいく出来だったし、本人たちも喜んでくれた。何よりも、今までヤオヤをいじった中で一番楽しかった。全く音に関わらないツマミを作ったに過ぎないのに。
最初の、自分のライブ用にガチガチに作り込んだ改造は、自分の演奏のために作ったもので、エゴの塊のようなものだった。私自身は満足できたし、他のエンジニアに事細かく説明すれば、その凄さは伝わるかもしれない。けれど、結果が楽しくないというか、仰々しいというか、わかる人にしかわからない閉鎖感がある。自分がよければそれでいい。そんな態度でものづくりをすると、こうなるのだろう。
お世話になったTorstenに贈ったリズム改造は、世に一台しかない改造品を所有するコレクター心をくすぐりたかった部分もあるし、純粋に、彼のスタジオを訪れたミュージシャンが使ってくれそうな改造を試みたものでもある。私の名前が入っているので、「俺が作ったんだぞ」と言わんばかりの主張とエゴはそこにある。けれど、いずれにしても、人に贈るために一生懸命考えた結果には違いない。
最後に、友人の二人に感謝を込めて作ったツマミ。エゴのカケラもない。デザインは彼らのモチーフをそのまま使い、自分は実行役に徹しただけ。いわば、自分は媒体のような存在になった結果だ。これが一番楽しかったかもしれないし結果もいい。変に創造欲をメラメラ燃やさない方が、いいものができるんじゃないかな。エゴは創造性の邪魔をする、と言われる理由が少しわかる気がする。
さて、この学びを量産設計にどう繋げればいいんだろうか?お客さんの顔を思い浮かべることの重要さだったりするんだろうけど、「市場」には顔がない。
プロフィール
高橋達也
たかはし・たつや | 1982年生まれ。日本生まれ、ロンドン育ち。ケンブリッジ大学で電気・情報工学を学び、2006年にKORG入社。アナログシンセサイザーの復興期に、monotronやvolcaシリーズ、minilogueなどの開発を手がける。2017年に退職後、ケルンのYadastar GmbHにてRed Bull Music Academy関連プロジェクトに携わる。2020年よりKORGのベルリン支社を率い、現在は同社CEOを務めるほか、KORGグループ全体のCIO(Chief Innovation Officer)として新しい楽器の研究開発を行う。
プロフィール撮影:小林匡輔
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