TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】日本語がうまくなってしまった
執筆:高橋達也
2026年4月14日
私は日本生まれ、英国育ち。大学卒業後はロンドンで電子楽器の自作に没頭しつつも、バイト生活の限界を感じ、帰国して就職することを決めた。電子楽器メーカーである株式会社コルグに2006年12月に入社した。
初めての日本生活、初めての一人暮らし、初めての社会人生活。しかも漢字が苦手で敬語も怪しい。異物のような存在だった。苦労しそうな転機だったが、先輩たちは構ってくれたし、出金伝票の記入も、下手くそな日本語のメールも、一度も問題になった記憶がない。少なくとも自分は気づいていない。もっと言えば、生意気な新米だったと思うので、拙い日本語がそれをオブラートに包んでくれていたような気さえする。
時が経ち、仕事にも慣れた。数々の電子楽器を世に送り出した。自分が得意とするアナログ・シンセサイザーは市場がピークに達し、波に乗っていた。クリエイティブであり、テクニカルであり、最高に楽しく、売り上げも好調。天職を手に入れた実感があった。そんな中、2017年にコルグを退職し、楽器業界から離れることを決めた。
辞めた理由はよく聞かれるし、後付けでいくらでも綴れるのだけれど、あの頃から10年経った今、本当の理由がわかったような気がする。本当の理由は「日本語が上手くなった」からだ。
「日本語が上手くなった」には、言語以外のさまざまな含みがある。10年もいれば当然日本語はマシになるが、身の振る舞いも上手くなる。年齢差や上下関係をより意識するようになる。インタビューなどメディア対応では少し強めに、上層部にプレゼンするときは少しはにかみ、部下に接するときははっきり、きっちり。このような正解を求める神経の使い方は、モノ作りの観点からすると有害だし、いつの間にか異物ではなくなってしまっていた。
モノは忖度しないし、本質的に協調性がない。いいモノ作りとは、そんな不器用さを持ちながらも、人に愛され、求められ、その存在が感謝されるようにアレンジすることだ。正解を求めては辿り着けない領域だ。
その違和感は私生活にも及んだ。私には妻と子がいて、息子は当時7歳。学校へ通うようになり、彼なりの世界観や社会との接点を持ち始める年頃だった。そんな中で、息子なりの「正解」の概念、妻や母としての「正解」の概念、父親や夫としての「正解」を、それぞれが求め、異物感を殺す方向へと思考していた。苦しかった。日本を離れ、環境を変えれば、異物に戻れる気がした。
2017年2月に株式会社コルグを退職し、日本を離れた。行き先はドイツ・ケルン。転職先はYadastar GmbH。Red Bull Music Academyを手がける広告代理店だ。(おそらく)唯一の、広告代理店に勤めるシンセサイザー・エンジニアになれた。異物に立ち戻れた実感が沸いた。
想定より長くなったので、その先の話は次回にさせてもらいたい。最後に、2015年当時Moog Music Inc.のCTOだったCyril Lanceの琴線に触れる言葉を残したい。電子回路はUniverseに属するものであって、エンジニアリングはそのOrganisationに過ぎない、という素敵な解釈が、私の考えるモノとデザイナーの関係性に通じると思っている。ただ、自分の解釈を読者に押し付けたくもないので、あえて解説はせず、彼の言葉で締めくくる。
「An electronic circuit is an organisation of the universe」
また、来週。
プロフィール
高橋達也
たかはし・たつや | 1982年生まれ。日本生まれ、ロンドン育ち。ケンブリッジ大学で電気・情報工学を学び、2006年にKORG入社。アナログシンセサイザーの復興期に、monotronやvolcaシリーズ、minilogueなどの開発を手がける。2017年に退職後、ケルンのYadastar GmbHにてRed Bull Music Academy関連プロジェクトに携わる。2020年よりKORGのベルリン支社を率い、現在は同社CEOを務めるほか、KORGグループ全体のCIO(Chief Innovation Officer)として新しい楽器の研究開発を行う。
プロフィール撮影:小林匡輔
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