TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】私のインドカレー時代

執筆:金子祐輔(日記博物館・館長)

2026年6月14日

日記博物館の館長として「人の日記を買い集める」という活動をしている。
活動について紹介すると「毎日日記をつけているんですか?」と聞かれることが多い。

当然、つけていない。
酒を飲んで帰った日、仕事で忙しかった日、喜びや怒りを日記にぶつけたいけれど言語化できていない日は空欄のまま。飲んだ相手の名前だけ書いておいたり、面倒で書かない日もある。

なのに「日記博物館の日記」というテーマで連載を書いてほしいと言われてしまった。

私の生活は「特別なできごと」が少ない。ライブやスポーツ観戦、パーティや記念日など「特別な日」が苦手でなるべく避けて生きている。読み応えのある原稿になるのか、いささか不安だ。

在宅ワークで家からは出ず、外食もあまりしない、買うのは本ばかり。
職場の大学生には「今年やろうと思っている、夏っぽいことってありますか?」と聞かれて答えに窮してしまった。

そんな私が日記に意識して書いているのが、自分の人生を「それ以前」と「それ以後」に分けてしまうインパクトがある出来事だ。

たとえば、スパイスカレーを自作した日。「俺の人生でインドカレー自炊時代が始まったぜ」と日記のなかで高らかに宣言をした。こう書くだけで自分の人生が、この日を境に「インドカレーを作れる男になった」とバージョンアップした感じがする。

この日を境に、ハラールショップの買い物記録をつけるようになり、買ったスパイスを記録するようになる。ちょっと遠くのカレー屋に行ったり、印度カリー子さんのSNSを見たりと、日常がちょっと変わっていく。

もはや自炊でラーメンとうどんに頼ってばかりの自分はいないのだ。誰かが作ったイベントに参加するよりも「自分で決めた行動」のほうが深く私の人生に刻まれている気がする。

日常のこうした変化を記録しておくと、人生が瞬間の連続ではなく線として見えてくる。

住む場所が変わったり、近所の飲食店が潰れてしまったり、新しい推しが見つかったり、自転車を買って行動範囲が広がったり、そんなちょっとした変化も「自分の中の新時代」だと思うと、日々の生活が彩り豊かになるはずだ。

SNSを見ると、みんなが「特別な日」を記録し、「特別な自分」を演出することに力を注いでいる。幸せそうで羨ましい。でも、その特別さは彼ら自身をどれくらい形作っているだろうか。

「これっていいね集まるかな」「ちゃんと写真が盛れているかな」なんて怯えながらSNSを公開するくらいなら、「新しい時代はインドカレーであります」と自分史内の元号発表をしているほうが私には合っている。
小規模な私の生活記録から、日記の面白さを感じ取ってもらえたら嬉しい。

インフォメーション

金子祐輔

かねこ・ゆうすけ|1988年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社を経てビジネスメディアに転じる。本業の傍ら、他人の日記を蒐集する「日記博物館」の館長として活動中。暇さえあればジュンク堂書店と囲碁サロンに行きがち。

Official Website
https://diary-museum.jp/