将棋ファイル

武富礼衣/女流二段

2026年8月19日


photo&edit: Masaru Tatsuki
text: Fuya Uto

――将棋は何歳から始められましたか?

5歳のころです。3歳上の兄が父から教わっているのを見て、楽しそうだと思い、駒の漢字の読み方を尋ねているうちに、動かし方を自然と覚えていきました。指す相手はもっぱら兄で、負けては喧嘩のようになってしまうのがお決まり。当時の佐賀市には道場や将棋のカルチャー教室などがなく、図書館内のフリースペースの一角で、数人の大人が指しているのを見かけるぐらいでしたが、どうしても兄以外の人と将棋を指してみたくて、図書館の帰りに、自分から「指してください」とお願いしに行っていました。普段、接することの少ない年配の男性ばかりの輪に入っていくのは、小学校低学年だった私にはなかなかハードルの高いことだったと思います。それでも、いざ将棋を指し始めると、親を待たせていることさえ忘れるほど没頭してしまって。感想戦では隣の席からも声をかけてもらったり、優しく教えてもらったり。盤を挟めば、年齢なんて関係ないんです。「次に来たときは、あの人に勝ちたい」。そう思うほど、将棋の楽しさにのめり込んでいきました。

――将棋には、暮らしのなかでどのような役割があると感じますか?

「将棋は人生そのもの」という言葉がありますが、本当にそうだと思います。将棋は思考のゲームで、指し手にはその人の感情、性格、コンディションがすべて表れるんです。例えば私は、勝ったと思った瞬間にどこか楽観してしまって、うっかりミスが出る傾向があります。母から、油断を戒める徒然草の「高名の木登り」を引き合いに再三注意されつつも、忘れた頃にひょっこり出てしまう。母に何度も注意されるより、将棋の負けとして突きつけられるほうが心に痛いほど刺さって、自分を見つめ直そうと素直に思えます。将棋が成長のきっかけをくれていると感じます。

――最近の将棋界はAIの影響も大きいですが、武富さんはどう向き合っていますか?

「最善手」を数値で提示してくれるAIに、人間としての「個性」をどこまで出すかの塩梅が難しいですね。例えば藤井聡太先生のレベルだと、序盤の評価値のマイナス200点が致命傷になることも多い一方で、私のレベルでは、 1000点の差がついても終盤に逆転が起きたりします。だから評価値が多少マイナスでも、自分の得意な展開や棋風に合った手を、研究の段階であえて選ぶこともしています。糸谷哲郎先生は、評価値というより人間的な迫力や複雑さ、自分の土俵に引きずり込む戦い方で勝負されているように見えて、それでトップ棋士として実績を積まれているのは本当にすごいなと感心します。最近の私は、あまりソフトに頼りすぎず「人間的な戦い方」を大事にして、地力をつけることを優先して勉強しています。AIを使えば強くなるというわけでもなくて、AIから少し離れたほうが結果的に勝率が上がることもあるんです。

――武富さんの「脳内盤」は、どのような形や色をしていますか?

少し濃いめの茶色の盤に、一字駒が並んでいるイメージですね。一字駒というのは、例えば「王将」を「王」の一文字だけで書いたような駒のことで、情報を減らして見やすくしているんだと思います。見え方としては、基本的に真上からの俯瞰です。最初は9×9マスの初期設定から始まりますが、序盤でも終盤でも、深く読まなければいけない部分が出てくると、そこだけをズームしたような形に。4×4マスくらいの範囲に絞って、他の情報を消して読みの精度を上げる。これは他の棋士の方にも多い傾向みたいですね。私も興味があるので、実は今も、立命館大学の教授と脳内盤の共同研究をしているんです。大きな違いとしては、育った環境だと思っていて。糸谷先生はネット将棋の画面が見えるとおっしゃっていますが、私は実戦で、家の盤で指していたときの色がベースになっています。一番たくさん使っていた盤のイメージが残るのかもしれません。脳内盤は人によって見え方がまったく違うので、研究では、そうした視覚イメージの個人差や、脳内盤の多様性についても調べています。

――ご家族はどのような方々ですか? やはり皆さん勝負事に関心があるのでしょうか。

祖父母は教師、父と兄は公務員、母は子どもに関わる仕事をしています。家族仲はとても良くて、楽しい家庭だと思います。兄も幼い頃から指している将棋愛好家で、普段は穏やかな性格ですが、将棋になるとかなり熱くなります。勝負師タイプなのは、むしろ母のほう。決めたら迷わず突き進んでいく人で、私の性格は母譲りな気がします。

――負けが込んだときは自身とどう向き合っていますか?

負けた日は、気持ちを整理するために走ることが多いです。心も体も抜け殻のようになってしまい、ひとりで家にいるのが辛くて、ぼーっとしているよりは自分を追い込みたくなるんです。なので、とりあえず何も考えずに走る。そうしているうちに、だんだん気持ちがリセットされていくように思います。それと、子供たちと関わって元気をもらうこともありますね。普及活動のなかで出会う子どもたちの、将棋盤を見つめる真っ直ぐな眼差しに触れると、心が動かされます。将棋を教えているはずが、本来の楽しさを逆に気付かせてもらっている感じです。将棋には運の要素がほぼありません。良くも悪くも自分の責任で、自分との戦いでもある。ミスをして良かった局面を悪くしてしまったら、自分のしたことを全力で償うしかないーーそういう気持ちで泥臭く粘ります。勝負中に後悔して良いことは一つもないので、反省は終わってから。対局中は、持っている思考をすべて使い切るように意識しています。それでも邪念はどうしてもつきまとうので、そういうときは席を立って、気持ちを入れ直しています。

――逆に対局中に一番気持ちが高ぶるというか、ワクワクする瞬間はありますか?

いや、公式戦に関してはワクワクする余裕なんてなくて、終わるまでずっとつらいです。どれだけ形勢が良くても、油断せずに気を引き締め続けなければいけない。以前、糸谷先生が対局中に「将棋はつらい」と呟いていらっしゃったのが中継に映って話題になりましたが、あの言葉には私も深く共感して、思わず何度もうなずいてしまいました。私の場合、詰みが見えた瞬間が一番危ないんです。読み抜けがあるかもしれないので、必死に感情を抑制します。ひととおり見えても、相手の別の受けがあるかもしれない……完全に読み切る必要があるので、最後の最後まで、喜ぶことは許されません。対局中は常に、自分をコントロールし続ける時間ですね。

――もし将棋をやっていなければ、何になっていたと思いますか?

教師やピアノ講師など、子どもに関わる仕事をしたいと思った時期がありました。今も子どもたちとの関わりが楽しいので、何かしら子どもに関わる仕事を選んでいたんじゃないかという気がします。最近、大阪の高槻市では市内在住の小学1年生を対象に将棋駒を配布していますが、そういう草の根の活動は大事だと思っていて。私の理想は、町のあちこちに小さな将棋スペースがあって、「ちょっと指したいな」と思ったら誰でもすぐに盤の前に座れる、そんな環境です。見知らぬ人同士でも、将棋を通じて自然に交流が生まれたら素敵ですよね。将棋は国籍も世代も超えて、言葉がなくても指し手だけでコミュニケーションが取れる素晴らしいツールです。日本の伝統文化としての礼儀作法も守りつつ、もっとオープンで、その時代に合った見せ方を模索していきたいですね。

プロフィール

武富礼衣

たけどみ・れい|1999年、佐賀県生まれ。女流二段。2018年にプロ入りをし、同年に立命館大学総合心理学部へ進学。棋士でありながら、卒業後も立命館大学OIC総合研究機構客員研究員として、「脳内将棋盤」の研究を行っている。

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