カルチャー

『サンキュー、チャック』のトム・ヒドルストンにインタビュー。

2026年5月2日

© 2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

スティーヴン・キング原作の映画は毎年のように公開されているわけだけど、ホラーでもスリラーでもないとなると、ちょっと久々でうれしい。『サンキュー、チャック』は物語の構造上、できれば何も知らないまま劇場へ観に行ってほしい作品だ。驚きに溢れた2時間になることを約束する。覚えておいて欲しいのは、今作の主人公チャックを演じたトム・ヒドルストンのダンスが最高だってこと、それだけ。ちなみに「ロキ」以外を演じる彼をスクリーンで観れるのが実は9年ぶりだったりして、それも結構うれしいんだ。というわけで、トム・ヒドルストンに話を聞いた。

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ーー映画を観てまず驚いたことですが、トムさんご自身の出演時間は、映画全体の尺に比べてかなり短いですね。しかし、そのワンシーンこそ映画の心臓部のように感じました。一場面だけを演じることで、チャックの人生全体を表現するというのは、どんな体験でしたか?

トム・ヒドルストン(以下、トム) 光栄でした。そして楽しかった。僕が出演したチャプターはある意味、チャックの内面の複雑さを表す場面だと思うんです。彼は中年男性で、キャリアの途上にあって、会計士で、つまりビジネスマンで、ビジネススーツを着てブリーフケースも持っている。劇中のナレーターの言葉を借りれば「人生の道が少し狭まってきたかな」と感じてもいる。それから、このタイミングでは会議に向かっているんだけど、途中で大道芸人たちと出会い、そこで通り過ぎるのではなく急にブリーフケースを置き、爆発的に踊り始める……。

それが全てを表していると思います。スーツはある意味「平凡」という名の檻です。日々の制服とも言える。でもそこから彼は突発的に、自分の精神や魂をダイナミックに表現するわけです。彼が踊っているこの5分間だけ。

これがこの映画ですよね。つまり、僕たちがどれだけ「普通の人生」というもので着飾ったとしても、僕たちの内面には神秘があり、魔法があり、何かが存在している。いつだって人間の魂は飛び立ちたいんです。それはピアノでもいいし、踊りでも、登山でも、自分の心が歌い出すようなことであればなんでもいい。そうやって僕たちの魂は自由になる。チャックが音楽を聞くとそれが起きたんです。落ち込むのではなくて、その瞬間に魂を解放する。素敵な役でした。

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ーーダンスといえば、劇中では古典的なミュージカル作品が多く引用されますよね。チャックを演じる上で影響を受けたスター俳優や、パフォーマンスについて教えてください。

トム もちろん。まず作中では、少年の頃のチャックがおばあちゃんと一緒に『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』(註:1942年のミュージカル映画。ジェームズ・キャグニー主演)を観ているシーンがあります。

それから、ジーン・ケリーへの大きなオマージュがあると思います。ジーン・ケリーは僕も大好きだし、監督のマイク・フラナガンも大好きなんですよ。初めて観たときのことを覚えていますね。重力をものともしないアスリートの力に圧倒されました。あのすごく重いチャコールの毛織りのスーツを着て、土砂降りの中で軽やかに踊って……天才でした。彼を観ることはやっぱり喜びですし、別世界に連れて行ってくれます。

『トップ・ハット』や『踊る結婚式』、『気儘時代』といったクラシックも観直しました。『気儘時代』ではフレッド・アステアが女の子の気を引こうとして、ゴルフクラブを手にしたまま踊るんです。ありえないダンスのように思えるけど、アステアにはできるんですよね。

ニコラス・ブラザースやモンキーズにマイケル・ジャクソン、そしてフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの絆……そういったものが頭にありました。あとは『ダーティ・ダンシング』も大好きですね。あの映画のパトリック・スウェイジとジェニファー・グレイについても監督のマイクと話しました。全部がインスピレーションになっています。

ーーなるほど。偉大な名前がいくつも登場しましたが、とはいえ主人公のチャックはやっぱり凡人ですよね。トムさんは王子や吸血鬼など、どちらかというとヒロイックな役柄を演じることが多い印象ですが、平凡な人間を演じることが逆に難しかったりはしませんでしたか?

トム そうですね、僕は自分自身のことを平凡な人物だと思っています。僕は生涯、自分のことを「非凡な仕事を授かった凡人」だと思ってきました。その仕事では多少短期間であっても、他の人生を生きることができます。神になったりヒーローになったり、文学や芸術や歴史が絡むような人生を生きるというのは、僕の一生において一番大きな贈り物ですね。

でも、平凡な人はみんなそれぞれの形で非凡だし、全ての人生はユニークで、それぞれに情緒的な歴史があって、人々や、場所や、本や音楽とのつながりがある。人生が終わるとき、その紡いできた繋がりというのは消えてしまう。だから人生は楽しむべきものだと思うし、真剣に取り組むべきものだと思います。もちろんいい時ばかりじゃなくて、難しいことも悲しいことも、喪失もあるんだけど、人生はもう一つの選択肢(死)よりもいいと思うんです。悲しみの中にはいつも、喜びと自由が同時にある。それが生きるってことの深遠な意味だと思う。「平凡ってなんだ?」というのがこの作品の問いかけだと思うし、平凡な人なんていないんだと思っています。

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ーー原作者のスティーヴン・キングがこの作品を通して描く死生観もまた、人生讃歌のように思えます。ストーリーの鍵を握る言葉として「I Contain Multitudes(私の中には無数の人がいる)」というものがありますが、トムさんご自身はこのメッセージに共感されますか?

トム 信じていますね、その言葉。ウォルト・ホイットマンの詩の一節から、キングがこの物語を構築したわけですが、「自分が数多のものである」という考えには共感しています。当然、僕たちは重力に縛られているし、だんだん歳もとるけれど、僕たちの魂は未来永劫のもので、自由なんです。

人生は狭まっていくものだと考えてしまいがちだし、歳を重ねたらもっとこう、家族における役割や仕事が自分自身を定義づけているみたいに思ってしまうかもしれないけど、それは違う。魂はいつだって自由と愛を探していて。

人と分かち合った全ての瞬間、それは例えば喜びも痛みも、訪れた場所や話した言語も、食べたご飯、踊ったダンス、聴いた音楽、読んだ本、孤独の感覚やその逆も。そういった全てが私たちの一部なんです。そうした全てが重なり合っていって、ある日僕たちは命を終える。だから人生というのは脆くて尊い。キングはそういうことを考えながら書いたんじゃないかな。死という運命があるからこそ、人生や活力に感謝できるんだと思います。

ーー最後の質問です。チャックが路上で突然踊った5分間と同様に、人生における決定的な瞬間というのは、誰にも訪れうるものでしょうか。ご自身では似たような経験はありますか?

トム ありますね。何度もある。たとえば昨日だって……公園で、太陽が遠く向こうに沈んでいくのを僕は見たんだけど、その10分ちょっとの時間は完全にマジカルとしか言いようがなかった。もし目を向けてなかったらきっと見逃していたと思うけど、僕はふと公園の反対側をこう見やって、その光景を目にしたんです。やっぱりそういう瞬間に対してオープンじゃなきゃいけないなと思います。

 つまり、普段の生活や、ちょっとした会話も含めて、人生にはいろんな瞬間が訪れる可能性に満ちているんです。大事なのはオープンであること。生きること。そして見逃さないこと。頭の中でずっと何か物事を考え続けるのではなくてね。具体的な出来事を今いくつも思い出せはしないけれど、そういう瞬間が僕を形作っているんだと思います。

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プロフィール

トム・ヒドルストン

1981年、ロンドンのウェストミンスター生まれ。キャリア初期にウェスト・エンド・シアターの舞台『シンベリン』にて、ローレンス・オリヴィエ賞の演劇部門新人賞を受賞。映画『マイティ・ソー』でロキ役にキャスティングされると、その後『アベンジャーズ』などを経て一躍人気に。その他の代表作に『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』、『クリムゾン・ピーク』など。

インフォメーション

『サンキュー、チャック』のトム・ヒドルストンにインタビュー。

『サンキュー、チャック』

自然災害や人災が畳みかけ、いよいよ終末を迎えようとする地球。ネットもSNSも繋がらなくなった世界で、突如街全体を一つの広告がジャックする。「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」と記された、その不気味な広告の正体は? 広告上で微笑むチャックとは何者なのか? 5月1日より新宿ピカデリー他全国にて公開中