カルチャー
“関西弁フィルム・ノワール”を目指して作りました。
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』の原田眞人監督にインタビュー。
2023年10月2日
大阪は西成のはずれにある廃墟、「バッドランズ」を根城にするネリとジョー。複雑な過去を背負うこの姉弟は、「名簿屋」の高城が率いる特殊詐欺グループに属し、犯罪に手を染めながら暮らしている。警察の捜査の手が迫る中、ひょんなことから数億の金を手に入れた2人は、過去を清算し、明るい未来を手にできるのか。『BAD LANDS バッド・ランズ』は、そんな社会の最底辺で生きる2人をめぐるクライム・サスペンスだ。監督を務めた原田眞人さんに、本作について話を聞いた。
おお、『ポパイ』か。懐かしいなぁ。昔、僕は連載していたんだよ。
ーーもちろん知っています! 「LAエクスプレス」(原田監督がLAに滞在していた80年代に連載していた映画評論の連載)ですよね! なので今日は大先輩とお話できることを楽しみにしてきました。まず、映画化する上で、黒川博行さんの原作(『勁草』)のどんなところが面白くなりそうだと感じたのかを教えていただけますか?
黒川さんの小説はそれまでも気にして読んでいたんですが、『勁草』を手に取ったのは、オレオレ詐欺がテーマだったから。なんで日本人はこんなにオレオレ詐欺に引っかかるんだろうと、そういう興味で読み始めたんですよ。そしたら、そういう詐欺グループっていうのは、要するに分業体制なんだよね。「道具屋」がいて、「名簿屋」がいて……。そういうディテールが事細かに書かれているのが、まず面白かった。加えて、そのグループを覆うフィルムノワールっぽい要素。ここを追求していけば、いい映画になるんじゃないかなっていうのが最初の印象でした。
ただ、映画化権が取れるまで6年くらいかかっているんですよ。その間、あーでもないこーでもないと考えながら練り上げていたので、原作から変わっているところも結構あります。主人公が男から女になっているし、ラストを含めてあんまり映画的じゃない展開はカタルシスを得られるように変えています。あるいは、「イングマール・ベルイマンが犯罪映画を作るとしたら?」と考えてみたり。実際、本作に近親相姦の話を入れたのは、ベルイマンの最後の作品……あれは映画じゃなくてTVドラマだけど、『サラバンド』から着想を得たものです。あとは、ロベール・ブレッソンの『スリ』とか、ジャン=ピエール・メルヴィルの作品とか、要するにフレンチ・フィルムノワール的な話に近づけたいなとは、頭のどこかで思っていた気がします。
ーー確かに、主人公たちがサッカーのようなチームプレイで詐欺を働こうとする冒頭には、『スリ』的なものを感じました。ですが、ベルイマンとは意外です。お好きなんですか?
若い頃はまったく観る気がしませんでした(笑)。でも、映画監督としての経験を積んで、彼の本なんかを読むと、決して難解じゃないし、むしろこれほどわかりやすいものもない。例えば、一番難解と言われる『仮面/ペルソナ』なんて、ただベルイマンが主演女優のリヴ・ウルマンと恋仲になりたかっただけですから(笑)。彼女とビビ・アンデショーンという元カノの女優を半々に出して、まだ恋仲になれてないリヴ・ウルマンを失語症にしちゃう。そういうことがわかると、『仮面/ペルソナ』はすごく面白い作品ですよ。それから『ファニーとアレクサンデル』。これはもう大傑作ですよ。要するにベルイマンが生きてきた道筋……彼は6回も結婚しているわけだけど、その間にできた子供たちを役者やスタッフとして使っているわけで、自分の人生と映画作りがリンクしちゃっている。ああいうことができる監督は他にいないから、今はものすごくリスペクトしています。
ーー『仮面/ペルソナ』を観直したくなりました(笑)。『BAD LANDS バッド・ランズ』に話を戻すと、おっしゃるように原作では橋岡という男だった主人公が、映画では橋岡ネリという女性になっています。これはドストエフスキーの小説『虐げられた人びと』から取った名前ですかね?
そうです。やっぱりこの映画って虐げられた人々の話なんですよ。実際、ネリは二重にも三重にも虐げられている。そういう意味で、ドストエフスキーの『虐げられた人びと』とリンクさせているんです。実は黒川さんの中にも、主人公を女にするってアイデアはあったらしいんだよね。だから、その変更はすんなりオッケーしてもらえました。
ーータイトルも原作からは変わっていますよね。
やっぱり『勁草』だと映画のタイトルとしては渋すぎるんですよね(笑)。どうしようかと考えているとき、あるタイミングで思い付いたのが今のタイトル。この映画で描かれているような世界は「バッドランド」と言われていてもおかしくないし、主人公たちが集まる場所の名前にもふさわしいのかなと、そんな発想だった気がします。テレンス・マリックの『Badlands』(邦題は『地獄の逃避行』)はリアルタイムで観ていて、そういうタイトルの映画をいつか作りたいなって気持ちがあったというのもあります。マリックに関しては、『シン・レッド・ライン』までは結構好きなんですよ。最近のは面倒くさいから観てないけど(笑)
ーーマリックに関しては、同じ気持ちです(笑)。あえて引きつけるなら、そんなマリックの『天国の日々』においてテキサス州の広大な農地が裏の主人公であったように、本作では大阪の西成地区が裏の主人公だと思われるほど強烈な存在感を放っていますよね。
基本的には”関西弁フィルム・ノワール”を目指していたので、撮れるなら全部を大阪で撮りたかったんですよ。だけど、現実の西成を見ると、例えば三角公園のあたりは映画的にはまったく面白くないし、撮らせてもらうのも難しい。その近くにある動物園前駅のアーケードは撮れるし映画にも出てくるけど、そのままずーっと奥まで進んで左に曲がると、飛田の遊郭に行っちゃうので、ここも撮れない。そうやって撮れないところを排除した上で作った「この映画のための西成地図」を想定しながら、撮影しました。そして、映画の中の西成の一番端っこ、ある意味でノーマンズランドみたいになっているところにあるのが、ネリたちが集う「バッドランズ」。ここは異空間というか、実際の大阪にはありそうもない場所でもいいということで探して見つけたのですが、もともと洋服屋さんだったかな。今は選挙があるたびに事務所として使われているらしいんだけど(笑)。あれが一番実際の大阪からかけ離れた宇宙のようなところで、そこで主人公たちは英気を養って、大阪の戦場に出ていく。そういう感じですよね。ただ、原作の味を生かすためのコアなロケーションだと思っているのは、高城のオフィスなんです。あれは彦根市にあった建て壊し寸前の元青果市場。今はもうありませんが、本当に理想の場所。あれを見つけたとき、「この作品はもうできるな」と確信しました。
ーー”関西弁フィルム・ノワール”という言葉が出ましたが、本作を表現する上でこれほどうってつけの言葉もありませんね。
ところが、主役の2人は関西人じゃないんですよ(笑)。(安藤)サクラはNHKの朝ドラ(『まんぷく』)に出ていたので関西弁の素養はあったんですが、(山田)涼介は全然ない。まぁ、2人は非常に耳がいいから、練習したらほとんどネイティブのような関西弁をやれちゃうんですよね。
ーー脇を固める役者陣はどうだったんでしょうか。あまり映像では見かけない方も多かったですが、”関西弁フィルム・ノワール”にふさわしい存在感を放っていました。
主演の2人を生かすためには、関西の演劇人を全部出さなきゃいけないと思ったんですよ。だから、オーディションも、一応東京でもやりましたが、基本は関西でやりました。中でも最初に決めたのは、林田を演じたサリngROCK。彼女に関しては、この作品に入る前からすごい女優だなと目をつけていたんですけど。
ーーサリngROCKさんは初めて観た女優さんで、誰なんだろうと思っていましたが、関西の演劇人だったんですね。彼女を含め、声が印象的な役者さんたちもたくさん登場しますが、オーディションでは「どんな声か?」も重視されているんですか?
まぁ、かなり気にしますよね。日本の役者はTVのニュースの影響もあるんでしょうけど、女子アナみたいな甲高い声の人が多いんですよ。僕は苦手なので、そういうのは落としがちですね。だから、なんらかの形で印象的な声を持つ人が最終的に残る。発声の問題もありますけど、それより持って生まれた声の良さを大事にしているつもりです。
ーー監督自身も最初におっしゃられたように、本作は虐げられた人々の物語だと思います。その意味でも、手に汗握るエンタテインメント映画としての側面と同時に、社会派的な面もあると思いました。監督は多くの作品でそうした社会問題を盛り込んでいるような気がしますが、それはこだわりのようなものなのでしょうか?
映画の脚本を書くというのは、人間を作ることなわけですが、僕の場合、そのキャラクターたちが「自分と同時代を生きている」という気持ちが強いので、そのときどきで僕が社会に対して考えていることをシェアしたいんです。だから、自然と社会問題なんかも盛り込まれるんでしょうね。極端なことを言うと、『KAMIKAZE TAXI』以降は、登場人物と会話しながら脚本を書いていますから。「お前はどう思う?」って。今、多重人格についての本を読んでいるから、それに引っ張られている部分はあるけど(笑)。でも、『24人のビリー・ミリガン』を読みながら、自分にもこういうところがあるなとは思う。脚本を書くことで、僕はなんとか通常の生活を送っているんです(笑)。
インフォメーション
『BAD LANDS バッド・ランズ』
大阪で特殊詐欺に手を染める橋岡煉梨(ネリ)と弟の矢代穣(ジョー)。ある夜、思いがけず3億円もの大金を手にしたことから、2人はさまざまな巨悪から狙われることとなる。ネリは安藤サクラ、ジョーは山田涼介が好演。また、幼い頃からネリのことをよく知る元ヤクザ・曼荼羅を宇崎竜童、特殊詐欺グループの名簿屋という裏の顔を持つNPO法人理事長・高城を生瀬勝久、大阪府警で特殊詐欺の捜査をする刑事・佐竹を吉原光夫、特殊詐欺合同特別捜査班の班長・日野を江口のりこが演じる。9月29日より公開。
(C)2023「BAD LANDS」製作委員会
プロフィール
原田眞人
はらだ・まさと|1949年、静岡県出身。1979年、映画『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビュー。『KAMIKAZE TAXI』はフランス・ヴァレンシエンヌ冒険映画祭で准グランプリ及び監督賞、『関ヶ原』では第41回日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀作品賞などを受賞。近年の主な作品は、『検察側の罪人』『燃えよ剣』『ヘルドッグス』など。
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