カルチャー
日本橋の歴史とともに歩んできた「小津和紙」普遍の魅力を『小津史料館』で紐解く。
東京博物館散策 Vol.6
photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Toromatsu
2025年1月13日

首都高地下化が予定されている日本橋。地下ルート開通のめどは10年後の2035年だ。交通機能や街の景色は今後大きく変わりそうな予感がする。しかしながら、いまだに歴史が色濃く残る日本橋の街には、変わらないものもたくさんある。
そのひとつが全国の手すき和紙を取り扱う和紙の商店『小津和紙』だ。小伝馬町駅と三越前駅の近く、昭和通り沿いにあるこのお店は、1653年の創業以来場所を変えずに営業を続ける老舗の名店。
創業当時からの卸業、そして小売業に加え、紙すき体験ができる工房を備える。地元の常連さんはもちろん、遠方から買い付けにくる人や、海外からのお客さん、勉強にくる大学生・留学生たちが日々訪れ賑わいをみせる。そんな『小津和紙』の3階は『小津史料館』として、約1000点にも及ぶ所蔵品をもとに紙と「小津」にまつわる歴史を展示公開している。
『小津史料館』総責任を務める一瀬さんに案内していただき、エレベーターで3階へ。まず目につくのが里山をイメージし、和紙で作られた飾り花の展示。和紙の三大原料でもあるコウゾ、ミツマタ、ガンピなどの植物が再現され、視覚的に和紙の源流を辿ることができる。こちら、機械ですいたものではなく、『小津和紙』が創業以来大切にしている、手作業ですいて繊維を絡ませてつくる「手すき和紙」で制作されている。強度、なめらかさ、温かみがあって、その完成度と存在感にびっくり。
史料館の展示物は17世紀の街の歴史まで遡る。1603年、江戸幕府の開府とともに完成した「日本橋」は職人や商人が住む町人地として栄えた。東海道、中山道、甲州街道、日光街道、 奥州街道の「五街道」の起点でもあるこの地。現・日本橋川付近には各地から船が数多く集まり魚市が開かれるようになり、「魚河岸(うおがし)」が江戸で一番の活気を見せた。また、人形町の付近には芝居小屋が集まり、歓楽街の様相を呈しており、朝は魚河岸で千両、昼夜は人形町で千両が落ちるともいわれていたそうだ。
『小津和紙』の創業者・小津清左衛門長弘は、三重県松阪市出身の伊勢商人だ。松阪から出府し、江戸大伝馬町(現在の本社社屋の地)に紙商を開業したのが1653年で、4代将軍・徳川家綱のころになる。実は、1673年に呉服店『越後屋』(のちの『三越』)を開業した豪商・三井高利も伊勢松坂の出身。同じく日本橋室町にある水産加工品メーカー「にんべん」も1699年に開業したが、こちらも伊勢商人なのである。
「お店はたった12畳ほどの広さから始まりました。伊勢には志の高い若者が多かったそうで、江戸が開府したことで、先輩を頼ってお互いに助け合いながら商売に励んでいたという風に聞いております。昭和20年ごろまでの『小津和紙』は伊勢・松阪出身者だけを採用するという徹底ぶりだったそうです。質素倹約の精神もあったので、商売ではあるのだけれど、無駄遣いはせずに、地域への貢献も大事にしてきました」
特に江戸日本橋大伝馬町には伊勢出身の問屋が集まり「一丁目(大伝馬町)は伊勢店ばかり」と揶揄されるほどの盛況をみせた。飢饉や火事も多かった江戸時代。生活に窮する人々を助けていたことも証文に残っている。地元をフックアップしつつ、伊勢と江戸の二拠点を大切にしてきた商人の心意気を感じる。

「永代萬覚帖」は商売・家政での重要ごとを書き留めた文書。米価格の上昇など、危機の際に街の人々に施しをしていたことなども記録されている。

小津清左衛門店で江戸時代に使用していた千両箱。△の中に「久」の字が入った鱗久(うろこきゅう)の名入り。

「久」の字は幾久しく商売が続くことを願い、三角形は魔よけのウロコを表している。今でいう企業ロゴだ。

本居宣長も実は小津姓。松阪本町の小津三四右衛門家の生まれ。
関東大震災での建物の倒壊、空襲の戦火に耐えながらこの場所に残ってきた。証文や「江戸じまん」と呼ばれる商人番付、金銀出入帳、数々の記録紙、浮世絵、看板等々、史料館の展示が示すのは、江戸開府からほどなく創業し、現在まで文化を受け継いできた『小津和紙』の歴史であり、江戸・東京の歴史でもある。

お店の変遷。昭和44年まで続いた新社屋を建て替え、現在のビルになる。

「江戸じまん」は商人の長者番付。当時の人気職業もわかる歴史資料だ。

渋沢栄一による直筆の書。その経営理念として古きをたずね、新しきを知る「温故知新」を書いて渡したのだ。

しま模様が特徴の松阪木綿。『小津和紙』の人気グッズのひとつ。

取材中、常連さんが話かけてくる場面があった。小津和紙で購入した和紙を用いた自作の小箱を制作したのだとか。かわいい!
「手すき和紙は、あたたかく柔らかで、しなやかさが魅力です。ぜひ一度手にしていただければ嬉しいです」
品質の高い和紙、その文化を届ける『小津和紙』。「紙」に記された老舗商店の歴史は、日本橋の景色が幾度変わろうと、変わらず愛され続けていることを証明しているのだ。
インフォメーション

小津和紙「小津史料館」
◯東京都中央区日本橋本町3-6-2 ☎︎03・3662•1184
10:00〜18:00 日、年末年始・休
店舗や史料館の他も充実。自由に折れる「折り紙コーナー」や「手作りはがき体験コーナー」、書道、水墨画、ちぎり絵、押し花、カリグラフィー、茶道、ガラス工芸などさまざまなジャンルの教室を開講する「小津文化教室」、「手漉き和紙体験工房」、「小津ギャラリー」も見どころ。それぞれ詳細はホームページをチェック。
Official Website
https://www.ozuwashi.net/
関連記事

カルチャー
古今東西のユニークな凧を収集する『凧の博物館』で、億劫な北風を味方につけよう。
東京博物館散策 Vol.5
2025年1月5日

カルチャー
足元に埋まった“水の都”の400年の道を辿る『東京都水道歴史館』。
東京博物館散策 Vol.4
2024年12月29日

カルチャー
18世紀から今のハイブランドまで揃うボタンの宝庫『谷中レッドハウスボタンギャラリー』。
東京博物館散策 vol.3
2024年12月22日

カルチャー
モノを「運ぶ」見えざる人々の手を体感する『物流博物館』。
東京博物館散策 Vol.2
2024年12月15日

カルチャー
空間そのものを象った彫刻家のアトリエ兼住居『朝倉彫塑館』。
東京博物館散策 Vol.1
2024年12月8日

ライフスタイル
「現代邦楽の父」ゆかりの地に建てられた、日本で最初の音楽家記念館『宮城道雄記念館』。
東京五十音散策 飯田橋①
2023年11月18日

カルチャー
意外な二択に学びあり。『たばこと塩の博物館』。
東京五十音散策 錦糸町④
2024年7月10日

カルチャー
唯一無二の“色”を生み出した銅版画家の軌跡を目撃しに『ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション』へ。
東京五十音散策 水天宮前①
2024年10月8日

カルチャー
2,000点もの民家を描き続けた画家の息づかいが感じられる『向井潤吉アトリエ館』。
東京五十音散策 桜新町④
2024年10月28日

カルチャー
印刷技術は永遠に。隠れた名“博物館”『印刷博物館』。
東京五十音散策 飯田橋②
2023年12月4日

カルチャー
写真と映像の美術館4Fにある『東京都写真美術館図書室』。
東京五十音散策 恵比寿③
2024年5月31日

カルチャー
【#1】どこの国の言葉?/エスペラント博物館への誘い。
執筆:南波文晴(NPO法人エスペラントよこはま 理事)
2024年10月12日

カルチャー
“東京で最後の一軒”が守り続ける日常道具を買いに『岩井つづら屋』へ。
東京五十音散策 水天宮前②
2024年10月12日

カルチャー
古くは2世紀のものまで。キリスト美術の『gallery uchiumi』。
東京五十音散策 麻布十番①
2023年5月21日
ピックアップ

PROMOTION
レゴ®ブロックでアートを組み立ててみない?
2024年12月19日

PROMOTION
胸躍るレトロフューチャーなデートを、〈DAMD〉の車と、横浜で。
DAIHATSU TAFT ROCKY
2024年12月9日

PROMOTION
「Meta Connect 2024」で、Meta Quest 3Sを体験してきた!
2024年11月22日

PROMOTION
〈マーシャル〉のポータルブルスピーカーで巳年を祝う?
Marshall
2024年12月20日

PROMOTION
この冬は〈BTMK〉で、殻を破るブラックコーデ。
BTMK
2024年11月26日

PROMOTION
「サウンドバーガー」と〈WIND AND SEA〉の限定コラボレーションで、’80年代の美意識を贅沢に味わおう。
オーディオテクニカ
2025年1月23日

PROMOTION
〈adidas Originals〉とシティボーイの肖像。#10
Tomoki Kubota(25)_Photographer
2025年1月7日

PROMOTION
〈adidas Originals〉とシティボーイの肖像。#9
Gen Takahashi(26)_Beatmaker & Rapper
2024年11月30日

PROMOTION
〈ハミルトン〉はハリウッド映画を支える”縁の下の力持ち”!?
第13回「ハミルトン ビハインド・ザ・カメラ・アワード」が開催
2024年12月5日

PROMOTION
4月から始まる大阪万博。注目すべきは、タイパビリオン!
2024年12月26日

PROMOTION
ホリデーシーズンを「大人レゴ」で組み立てよう。
レゴジャパン
2024年11月22日

PROMOTION
レザーグッズとふたりのメモリー。
GANZO
2024年12月9日

PROMOTION
メキシコのアボカドは僕らのアミーゴ!
2024年12月2日

PROMOTION
タフさを兼ね備え、現代に蘇る〈ティソ〉の名品。
TISSOT
2024年12月6日