フード

タイ料理店『J’s Cafe & Restaurant』/異国の店主と土地の味。Vol.29

インタビュー・土井光

2024年5月15日

異国の店主と土地の味


interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム

『J’s Cafe & Restaurant』店主のホムスワン・アロムさん。

土井光(以下、土井) 『J’s Cafe & Restaurant』がある横浜の伊勢佐木町には、他にもいくつものタイ料理レストランがあるんですね。タイ式マッサージのお店も至るところにあって、歩いているだけでタイ旅行に来た気分です!

アロム・ホムスワン(以下、ホムスワン) そうですよね。私はタイで知り合った日本人と結婚した後、1993年に来日して川崎に住んでいたのですが、伊勢佐木町に初めて遊びに行った時はタイ人ばかりで驚きました。今でもレストランは10店舗ほど、マッサージは50店舗ほどありますが、当時は今以上に在日タイ人が多かったんですよ。タイ料理レストランのコックをして欲しいと知り合いに声をかけてもらって、私もこの街に引っ越してきました。

タイの宮殿の屋根を模した、入口の装飾が目を惹く外観。経営者は違うが、2階にはやっぱりマッサージ店が。

土井 50店舗も…! 声がかかった頃は、違う飲食店で働いていたんですか?

ホムスワン 病院で介護ヘルパーをしていました。介護の仕事は、タイにいた時もしていたんです。でも、飲食店で仕事をするのが好きで、来日後に居酒屋やラーメン屋やイタリアンでアルバイトをしていた時期もあったほどなので、とても嬉しいお誘いでしたね。

ゆったりと喋り、朗らかな笑顔が素敵なホムスワンさん。手に持っているのはテイクアウトもできるタピオカ(500円)。

土井 コックとして雇いたいということは、きっと料理がお上手だったのでしょうね。

ホムスワン タイでは料理学校にも通っていましたし、子供の頃から料理ばっかりしていたんですよ。私には妹と弟が5人いるのですが、朝5時から仕事に行ってしまう両親の代わりに、私1人で家族全員分の食事を作っていました。ガスがないから火を起こすところからやって、レシピは近所の人に聞いたり、自分でいろいろ試してみたり。その時はまだ、8歳くらいだったかな。

土井 8歳からすでに立派な料理人だったんですね! 長年の経験でレパートリーも豊富だからか、メニュー数がとにかく多くてびっくりです。サラダから魚料理、米料理に麺類まで、選ぶのが楽しくて大変(笑)。

丸ごと揚げたティラピアという淡水魚の上に、野菜やハーブ、ナッツ類をどっさりのせたスパイシーサラダ。ティラピアは日本ではあまり聞き慣れないが、「日本とタイを繋ぐ物語のある魚なんですよ」とホムスワンさん。1950年代から食糧難が続いていたタイのために、当時皇太子だった明仁上皇がタイの国王へティラピアの稚魚を贈呈。繁殖に成功し、タイ全域に広まって庶民の貴重な食料となったため、「天皇の魚」と語り継がれているのだとか。¥1,550
屋台や食堂などで食べられる、タイのソールフード的麺料理「クイッティアオ」も。種類によってスープや具材、麺の太さが異なり、タイではそれぞれに専門店もあるのだそう。豚や牛の鮮血を使った黒スープに、豚肉or牛肉が入った「クイッティアオ・ナムトック」は辛味のないマイルドテイスト、豆腐を発酵させた紅豆腐乳で作るピンク色のスープに魚介類が入った「クイッティアオ・イェンタフォー」は甘酸っぱさがあり、どちらも見た目に反してクセのない味。タイ直送の米麺も、もちもちでおいしい。各¥1,050
酸味のあるタイ産マンゴーと蒸した餅米に、甘いココナッツミルクをかけて食べる「カオニャオマムアン」。「一見不思議なデザートだけど、お米と甘味のバランスがよくて、おはぎや桜餅を食べている感覚に近いかも」と土井さん。¥1,350

ホムスワン 私の出身地である中部のものも含め、タイ全域の料理を作っています。開店当初からメニュー数は多くて、減らそうと思ってはいるのにむしろ増えていくんですよ。あれやりたい、これやりたいって発想力が尽きなくてね(笑)。

土井 ただ単に辛いとか甘いというわけではなく、辛味や酸味、甘味、塩味などのいくつかの味が複雑に絡み合って調和された料理ばかりですね。次々にいろんな味を感じられるので、どんどん箸が進んじゃいます。8歳の頃から、いつかは自分のお店を持ちたいという願望はあったのですか?

ホムスワン そうですね。だから、今こうして2つもお店をできて幸せです。この『J’s Cafe & Restaurant』が2号店で、歩いて1分の場所にある『J’s STORE』が1号店。コックを辞めた後にオープンしたので、もう20年ほど経つかな。最初は15平米くらいの小さなスペースで、食品販売からスタートしたんですけどね、今の場所に移転して料理を振る舞えるようになって、お客さんも徐々に増えていきました。2号店は、1号店が混んでる時の予備席みたいな感じで、5年前から始めました。

コロナ禍の前は24時間営業だった『J’s STORE』。現在は多少短くなったものの、それでも朝10時から翌朝6時まで通しで営業! メニューはどの時間も変わらず、夜中でもガッツリ食事を楽しめる。

土井 近くに住んでいるタイ人の方々もよく食べに来られるんですか?

ホムスワン はい。近隣のタイ人とはみんな知り合いですし、メニューにはないタイの家庭料理を配達することも多いですよ。本場の味が分かるタイ人がお客さんに多い分、本格的な味や食材を求められるので、3ヶ月に一度はタイに帰って、香辛料や野菜やフルーツなどの買い出しをしています。ちょっとでも違うと、あれ? って言われちゃうから(笑)。私のお店は、母国の味をいつでも食べられる、在日タイ人にとっての第二のホームであり続けたいなって。

土井 たしかに、お店のことを教えてくれた私のタイ人のお友達も「本場の味だ」と絶賛していました! 同郷の方々の存在が、料理をより一層美味しくしてくれるのですね。

土井さんからのコメント「初めて来た横浜の伊勢佐木町。慣れ親しんだ東京の中心部とは違う、インターナショナルな下町感にドキドキしますが、ホムスワンさんのお店に入るとニコニコのお母さんが出迎えてくれウキウキに変わります。明るい店内にはタイ人の方でいっぱい。夕方の時間もオープンされていて、テイクアウトのお客様も沢山いらっしゃいます。タイ料理はすごく辛い印象でしたが、こちらのお料理はあま、から、すっぱが上手く調和しています。そしてお母さんの愛情たっぷりのお料理に、現地の人たちが集うのも分かります。新生活から少し故郷が恋しくなった方、ぜひ伊勢佐木町まで足を運んでみてください。あったかいタイの方々の味とぬくもりは、都会にはない安心感を感じることが出来るはず」。

インフォメーション

J’s Cafe & Restaurant

◯神奈川県横浜市中区若葉町2-24-6 ☎︎045・315・7298 10:00〜21:00 水・木休

今回取材したお店の国について

タイ王国

◯国王を元首とする立憲君主制。
◯面積は日本の1.4倍。
◯ミャンマー、ラオス、カンボジア、マレーシアの4ヵ国と隣接。
◯北部は山、南部は海に囲まれ自然豊か。
◯北部は素材を生かしたマイルドな味付け、南部は魚介類やフルーツを使ったトロピカルな料理が。
◯国民の9割以上が仏教徒。男性は、一生に一度は僧となって修行をするのが一般的。
◯公用語はタイ語。おいしいは「อร่อย(アロイ)」。

場所はここ