フード
FOREIGN RESTAURANT’S OWNER IN TOKYO Vol.8
🇳🇵『ADI』アディカリ・カンチャンさん/インタビュー土井光
2022年7月26日
海外から来た方が日本でオープンした外国料理の店は、味はもちろんだけど、それと同じくらい店主の人柄や考え方が魅力的だったりする。各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の名店の店主を料理家の土井光さんと巡るコラム!
初めてこのお店に入った時、店内の清潔感とチャーミングなお店の方々がとても印象的でした。飲食店で楽しむということは、お店に入った瞬間から始まっていると思っています。カンチャンさんはすぐにお客さんに温かい対応をされていて、お料理の説明もとっても丁寧。出てきたお料理は懐石料理のような美しさと素材を大事にする気持ちが表れています。静岡まで魚の勉強をしに行く熱心な彼の話を聞くと、頭が下がる思いです。日本らしい丁寧なネパールを感じに是非足を運んでみてください。爽やかさが残るスパイスのお料理とチャイティー、抜群です!
はじめまして! 今日はよろしくお願いします。早速ですが、日本にはいつから住んでいるんですか?
2010年に大学進学のために来日した時からです。おじいちゃんが日本の大学院に留学をしていたり、おじさんが日本の大学に通っていたりと、小さい頃から家に日本のお土産が置いてあって自然と身近に感じていたので、僕も日本の大学に行くことにしたんです。ネパールから飛行機で約7時間で、帰りやすい距離でしたし。
ネパールって意外に近いんですね。大学では何を専攻していたのですか?
経済です! だから、大学卒業後に入った大手のアパレル企業ではマーケティング部に所属してました。
てっきり、はじめから飲食店の道に行ったのかと思ってました!
数年勤めて、独立してビジネスをやりたいなと思ってた時に、友達が「はじめは小さい企業で現場を見て勉強するといいよ」と言って紹介してくれたのが飲食系企業だったんですよ。そこで食べ放題の肉バルを経営したり、本格的に飲食の道を進み始めたのはアパレルを辞めた後です。
『ADI』をオープンするまでは、ずっと飲食系企業で働いてたんですか?
いえ、順調に行ってたけど結局お店を畳むことになって。しかも僕が結婚した1週間後に(笑)。奥さんがすごく心配する中、麻布十番の友達のバーを昼だけ間借りして、カレー屋『adhicurry』を2019年の6月に始めることになったんです。『ADI』の前身みたいな感じですね。そこではほぼ1人で切り盛りをして、値段も900円と安く提供していたので、いろいろと大変でした。
麻布十番でそれは安すぎます!(笑)
奥さんにもお客さんにも怒られました(笑)。でも、最初だからこそいろんな方に来てもらって、ちゃんと味を判断して好きになってもらいたかったんです。ありがたいことに通ってくれるお客さんも増えて、お店を出しなよと勇気づけてくれる人もいました。ちょうど奥さんが会社を辞めて次の仕事を探していたので、2人で会社を立ち上げて奥さんに代表になってもらって、2020年の1月に今店のある物件を契約、その後8月に晴れてオープンしました!
紆余曲折があって今に辿り着いたんですね。でも、この店のメニューはカレーではなく、ダルバートですよね。
ダルは豆、バートはご飯という意味で、豆とご飯がメインのネパールの家庭料理です。あとは、チキンカレーやタルカリ(スパイス入りの炒め物)、サーグ(青菜の炒め物)、アチャール(漬物)が副菜のような感じでのった、日本でいう定食みたいなプレートメニューです。
肉、豆、野菜、スパイスと、栄養満点だしすごいいろんな要素が入ってるんですね! ネパール料理と聞くとカレーしか想像できなかったけど、全く違うし優しい味ですね。
日本でネパール料理と謳っているお店は、日本人の好みに合わせてインド料理のカレーやナンを出しているところが多いですが、ネパールは主食が米なので現地にナンはありません(笑)。ネパールの地図を見ると一目瞭然なんですけど、北一面は中国のチベット、南一面はインドに面していて、北側は山椒やハーブ、塩などで、南側はスパイスやそれを使ったカレーがあったり食材が本当に豊富なんですよ!
へ〜! 地域の特性で料理が生まれているのがよくわかりますね。お肉はチキン以外も使うんですか?
お肉に関しては少し複雑で、そもそもヒンドゥー教徒の多いネパールでは神聖とされる牛、不浄とされる豚はまず食べません。肉だとチキン、羊、ヤギはよく食べられていますが、ヒンドゥー教の中でもさらに宗派が分かれていて、僕の信仰する教えだと動物性のものは基本食べません。レストランだから仕方ないし、トラディショナルにやりすぎてしまうとネパールの食文化の豊かさが伝わらなくなってしまうからお肉もメニューに入れていますが、ネパールに帰ったら完全にベジタリアンに戻ります(笑)。
ネパールに馴染みのない日本人には、その方が確かに食文化が 伝わりやすいですよね。夜もメニューは一緒ですか?
夜は7品コースで、うち5品が魚料理です。ネパールは内陸だし魚も動物性なので本当は食べられないけど、オープン後の2021年の2月に静岡・焼津市にある老舗魚屋『サスエ前田』で3週間修行させてもらったご縁もあって、毎朝新鮮な魚を届けていただいてます。
前田さん! とても有名ですよね。
生産地に直接出向いて、作り手さんと会うことでいい関係を築けたらなと思っていて。野菜も京都から送っていただいて、スパイスなどの日本では手に入らないもの以外は国産で揃えています。お店の器を益子焼で作っていることもそうですが、ネパール人である自分が日本という場所で料理をするからには、生まれ育った文化と日本で培った経験や人とのつながりが結びついたものを提供したいですよね。それが本当の”モダン”ネパール料理だと思ってます。
だから何となく和も感じるような味なんですね。その日届いたものでメニューは決まるんですか?
そうですね。オープン当初からのキッチンスタッフで、地元の後輩でもあるジトゥ君(冒頭写真右)と一緒に、その日届いたものでメニューを考えます。仕込みはせずに、朝9時にお店に来て11時にオープン。労働時間が長くて疲れた状態になってワークライフバランスが崩れることのないように、法定労働時間内で働いてもらうような勤務体制にしています。
それは本当に大事ですね。私はフランスにいた時に、毎日兵隊のように働いてフラフラだったので(笑)。
料理以外の趣味などに費やす時間がないとセンスも磨かれないし、お客さんとの会話の共通点がなくなっていきますよね。美味しくていいものを提供するには、常に経験して、勉強することが絶対だと思います。そうやって創造していく料理の方がお客さんも楽しんでくれるだろうし!
カンチャンさんが今度どんなものに触れて何を生み出していくのか、とても楽しみですね。今日はありがとうございました!
インフォメーション
ADI
Official Website
https://www.adi-tokyo.com/
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