TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】わたしに戻れる場所

執筆:熊谷充紘

2026年5月3日

「この本はここで買おうと思ってたんです。」時々お客さんがそう言ってくれる。『twililight』は本屋&ギャラリー&カフェで、出版もしているので、ここで刊行した本をここに買いに来てくれる人が多いのは、地産地消というかこの本のホームと捉えてくれているのかなと思うけど、他の出版社の本もこの店で買いたいと遠方から訪れてくれるのはなぜだろうか。小部数発行のZINEで販売店舗が限られていたり、ここでしか貰えない購入特典などがあればそういうこともあるだろうけれど、言ってみれば日本中の本屋で買える本をここで買いたいということは、お客さんはきっと本だけを買っているのではないのだろう。

 きっと、情報ではなく、情緒を買ってくれているのだ。情緒とは、物事に触れて起こる微妙な感情や、その感情を引き起こす特有の雰囲気、喜びや悲しみといった心の動きのこと。わたしが本を読んで、感動して、この喜びを伝えたいと投稿した言葉に込められた心の動きに反応してくれたのだと思う。出版社による本の紹介は一定の情報。わたしの言葉は拙いし、もしかしたら著者からしたら的外れかもしれないけれど、個人的に本から受け取ったほんとうのことを書いている。多くの人の心を揺さぶろうという言葉ではなく、自分の心が揺さぶられたことを伝える言葉。そんな言葉を読んだ時、読んだ人の心も少し動くのではないか。

 子どもの頃はあらゆることが新鮮で、心が動き、情緒が育まれていったように思う。大人になった今はなんとなくすべてをわかったつもりになって物事を捉えているのかもしれない。そんな今、心が動くような時があると、感情の襞がめくられて、新鮮なような懐かしいような気持ちになって、自分にとって大切なことに気づけるのかもしれない。きっと多くの人が自分の拠り所となるような本を求めていて、だからそんな情緒を感じる本を、ここまで買いに来てくれるのではないか。

「あの。」目の前に携帯電話の画面が差し出される。「この本ありますか?」「あー、今は売り切れてしまっていますね、申し訳ございません。」「そうですか。あの、こんなことを言うとびっくりさせてしまうかもしれないのですが、わたし、今、何のために生きているのか、よくわからなくなっていて、いや、わたしはとても恵まれていると思うんですけど、仕事もあって、住む部屋もあって、でも、なんかつまらない人生だと思ってしまうというか、生きがい?みたいなものがないというか、それを本に求めるのも違うとは思うのですが、何かおすすめの本ってありますか?」

「わたしのちっぽけな想像力ではお客さまがどんな本を喜ばれるか答えを出すことはできません。ただ、きっとそう感じられている方はお客さまひとりではないだろうなということは日々営業しながら感じています。働き方研究家の西村佳哲さんの本『自分の仕事をつくる』や『自分をいかして生きる』はよく手に取られています。仕事をすることは会社に勤めることだけではないこと、仕事を自分事にするための考え方などが書かれています。」

「なるほど。面白そうですね。聞きながら思ったのは、わたしは今、仕事というよりも、わたし自身を知りたいと思ってるんです。変ですよね、わたしのことを本に探そうとするなんて。」

「全然変じゃないですよ。むしろ本はそういうためにあるものだと思います。ある小説を読んでいて、ここにわたしがいると思ってわたしは何度も救われてきました。小説を読むことで、ようやくわたしを知ることができた。わたしを見失ってしまったような時は、その本に戻ればいい。本はわたしの拠り所、居場所にもなるんです。」

「なるほど。ありがとうございます。じゃあ、どうしよっかな。小説がいいですかね、やっぱり。」

「どうでしょうね。お聞きしていると、どこか人生が自分の手から離れてしまっているような感覚がおありでしょうか。」

「言われてみるとそうかもしれません。」

「でしたら、本じゃなくても、たとえば編み物とか自炊とか、自分の手で作るところから始めてみてもいいかもしれません。その手応えが、人生を自分の元に取り戻すきっかけになると思います。編み物でしたら『編むことは力』という本が、自炊でしたら『自炊の風景』という本もあります。」

「なるほど。面白そうですね。聞きながら思ったのは、わたしは今、役にたつこととかをしたくないというか、生きることそのものを考えたいということでした。哲学書を読めばいいかもしれませんね。」

「そうかもしれませんね。たとえば池田晶子さんの『あたりまえなことばかり』には、まさに「生きているとはどういうことか」という章や「本当の自分はどこにいるのか」という章もあります。」

「わあ、まさに今のわたしにぴったりかもしれません!」

「よかったです。あと、伊藤紺さんのエッセイ『わたしの中にある巨大な星』もおすすめです。どうしても自分をちっぽけだと思ってしまうけれど、それは世の中に思わされているだけであって、自分が大切にしていることは全然ちっぽけじゃないということ。大人になって空気を読むことを覚えて恥をかかないようにしてきたけれど、本当の自分、子どもの頃から変わらない自分に蓋をしなくてもいいということ、カッコ悪くてもいいから自分で自分を生きることが人生だということ。」

 気づけばわたしもお客さんも涙を流していて、笑い合う。自分にとってホームとなるような本は人生に何冊あってもいい。
 見渡す限りのホームだなと、閉店後の店内を見ながら笑う。これからも新たなお客さんと出会って、別の価値観と出会い、また心が揺さぶられて、新たな本が増えていくだろう。人生だって、生まれ育った場所じゃなくても、自分が帰りたくなるような場所があれば、そこはホームなんだと思う。これからだってホームは作れるんだと思う。今のわたしには、この店がある三軒茶屋は、もはやホームなんだと書きながら気づく。そうか、じゃあ安心して、冒険しよう、子どもの頃のように。

 よかったら、あなたも、遊びにきてくださいね。

プロフィール

熊谷充紘

くまがい・みつひろ|1981年、愛知県生まれ。三軒茶屋で本屋&ギャラリー&カフェ『twililight』を営む。出版社としても、『体の贈り物』(レベッカ・ブラウン/柴田元幸訳)、『人といることの、すさまじさとすばらしさ』(きくちゆみこ著)などを刊行。本と出会う場を広げるべく、イベント企画や選書、執筆も行う。これまでに「SHIPS HAPPY HOLIDAYS」選書、渋谷PARCO「あいとあいまい」選書&出店、LUSH「BATHING & POETRY」選書&インタスレーションなど。屋上でぼんやりする時間が好き。

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