ライフスタイル
時間のねむる部屋/文・上白石萌歌
ひとりがたり Vol.5
2024年9月15日
年に2、3回は鹿児島の実家に帰省している。3連休をもらった時なんかにはすぐさま飛行機のチケットを取り、ビュンと故郷までひとっ飛び。隙あらば帰省、といった感じだ。
13歳で地元を離れてから10年以上が経つ。なんてあっという間なんだろう。いつのまにか地元よりも東京で過ごす日々の方がずっと長くなっていて、その時間の流れの速さに驚いてばかりだ。住んでいた家を“実家“と呼ぶたびにすこし胸が締めつけられるのは、ものすごいスピードで歳を重ねてゆく自分と、あの頃の気持ちのままでいたい自分とが常にせめぎ合っているからであろう。誰にとっても、きっと自分の生まれ育った場所というのは特別なものだと思う。
つい先日、作品と作品のあいだで休暇をもらい、ひとりで帰省することにした。
朝一の便で降り立った空港。床のタイルカーペットの色も、お土産売り場ののんびりした佇まいも、旅立ったあの日から何も変わっていない。しょっちゅう帰っているはずなのに、その空気の懐かしい甘さにうっかり心がほどけてゆく。
空港まで車で迎えに来てくれた母と最近のあれこれを話しているうちに、あっという間に実家に着いた。
2階の自分の部屋のドアを押し開け、しん、と静まりかえった部屋にひとり立つ。
まるでさっき学校から帰ってきたばかりみたいな顔で机の上に転がっている鉛筆削りや教科書、ノート、ファイルたち。引き出しを開けると仲良しだった友達からの何通もの手紙や、ちっちゃな秘めごとが散りばめられた日記帳が化石のように眠っている。
ここだけ確実に時間が止まっている、とふっと喉の奥が熱くなって涙が出そうになる。
今もこの家に住む両親の計らいで、いつ帰ってきてもあの頃の気持ちに立ち返ることができるようにと、なるべく物を処分せずそのままにしてくれているのだ。
なんだかこの部屋にあるひとつひとつに13歳の自分が染み付いていて、まだそこに生きているみたいだ。懐かしいなぁ、と笑えてくると同時に、まっすぐ立っていられなくなるような、たまらない気持ちになってくる。もう本当の意味でここに戻ってくることはできないんだ。急に湧き上がってきた寂しさを必死に奥歯で噛みつぶす。
この部屋を出てから11年。目まぐるしくても丁寧に着実に日々を刻んできたつもりが、気がつけばもうこんなにも時間が流れていた。変わらない場所に来ると、少しずつ変化してきている自分がいることに気がつく。
生きるって、日々の些細なシーンや小さな選択を細かく重ね続けて、層を作っていくみたいなことなのかもしれない。この部屋に来ると、知らぬ間に何層にも重なった、自分の生きてきた地層のようなものがぼんやりと見えてくるような感じがするのだ。わたしはこれからどんなふうに、どんな形で日々を積み上げてゆくのだろう。次にここに帰ってきた時は、どんな顔の自分でいるのだろう。
どのくらい立ち尽くしていたのか、1階から「ごはんたべるよー」と母の声が飛んできて、はっとわたしは我に返った。
変わらないでいてくれる場所というのは、わたしにとってのお守りだ。どれだけ歳を重ねようと、自分を取り巻く環境が変わろうと、わたしを支える軸として揺るがずにそこにいてくれる。そして自分を立ち止まらせ、普段は見過ごしてしまうような時間や感情を思い起こさせてくれる。そんな場所が存在し続けてくれているのは本当に幸せなことだ。
でもそんなお守りに甘えてばかりでもいられないな。ほどけるたびしゃんと引き締まる心を大切にしたい。変わらずに変わり続けることができたら、なんて思う。
いつかまた迷ったら、なにかを確かめて信じたくなったら、あの時間のねむる13歳の部屋に行こう。
ひとこと
このまえ夜道を歩いていたら、冷たくてやわらかい風が頬にあたり、秋がたしかにそこまで来ている…! と感じました。季節の変わり目ってなんだかグッとくる。この秋は運動の秋にしたいと思います。
プロフィール
上白石萌歌
かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。adieu名義で歌手活動も行う。
Instagram
https://www.instagram.com/moka____k/
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