TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】パルビスというDCブランド
執筆:市村修蔵
2026年8月9日
昨今の古着業界、高騰、高騰の繰り返し。
ぼくは80年代のDCブランドを追いかけているので、比較的こうした波風は受けにくい。しかし最近は、そんなぼくの周りにも微風程度は吹いてきました。NICOLEや、BIGIがじわじわと上がっているわけです。隅のほうで幸せにやっていたのに!
でも安心してください。まだまだ隙はあります。
80年代DCブランドには、ネットにすらほとんど情報が残っていない、端の端のブランドたちがいます。古着屋でも見かけない。雑誌のバックナンバーをめくって、ようやく名前が確認できるようなブランドたち。ぼくは彼らを、D(デザイナーズ)C(キャラクターズ)ではなく、D(デザイナーズ)C(カルト)ブランドと心の中で呼んでいたりします。
この子たちは今では隅っこ暮らしですが、当時は東京コレクションの最前線に登場し、衆目を浴びていました。加えて、生地や縫製、ディテール、そして洋服に対する突飛ともいえるデザインアプローチはピカイチ! しかしその反面、バブルという時代の勢いも相まって、やや普遍性を入れ忘れた子たちもしばしば……。この点が、なかなか評価されにくい理由なのかもしれません。ですが、ぼくはそこも踏まえたうえで、魅力たっぷりなこの子たちが愛しくてたまらない。評価されていないなんてもったいない。埋もれさせておくには惜しい。そんな思いで、日々DCブランドを掘り続けているわけです。
そんなわけでこの連載では、ぼくが興味を持っているDCブランドを各回1つ紹介し、皆さまと共有しながら、その魅力に共感していただけたらと思っています。
雑誌で見つけた〈パルビス〉という名前
『MRハイファッション』1985年11月号の「ドレスアップ招待席。」という特集を開くと、見慣れないブランド名が目に飛び込んできました。名前はPALVIS。着用者の小林敬治さんの雰囲気は、まるでドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』に出てきそうな佇まい。思わずページをめくる手が止まりました。
ここで、ぼくは初めてPALVISというブランドと出合います。このブランド、DCの中では端も端。(当時の人でも、どれだけの人が知っていたのか……。)理由は単純。NICOLEや、BIGIなど、ほかのDCブランドに比べて、広告やコレクション、デザイナーのインタビューといった露出が圧倒的に少ないからです。今回は、ぼくが所有している雑誌から集めた数少ない資料をもとに、PALVISを紐解いていこうと思います。
『MRハイファッション』1983年冬号の51ページを開くと、骨董通りにある「パルビスブティック南青山店」が掲載されています。青山の骨董通りですよ。なかなか良い立地です。ほかにも、AMBER HOUSE(田中康夫の著書『なんとなく、クリスタル』に登場するブランド)、Mr. Junko、TAKEO KIKUCHI(メンズビギ時代から展開していた頃)など、今でも名前を聞くブランドばかりです。
某ブランド出身デザイナーが作った異色のDCブランド
83〜84AWから始まったばかりと書かれており、デザイナーは吉羽さん。なんとこの方は、マルク・ボアン期のDiorで、プレタポルテやオートクチュールに携わっていたそうです。驚きの経歴! これだけの経歴がありながら、なぜ名前が残らなかったのか、本当に不思議です。
では実際に、どんな服を作っていたのでしょうか。
『MRハイファッション』1984年9月号には、広告と東京メンズコレクション84-85AWのルックが掲載されています。それを見ると、いわゆる当時のDCブランドらしさはあまり感じません。DCブランドというと、派手でディテールも凝られた洋服が多い中、どちらかというと当時のパリ・メンズコレクションのような雰囲気。GIVENCHYのような、上質な素材を使用したタウンユースカジュアルです。ターゲットは40〜50代だったのでしょうか。スーツもゴージや深めのVゾーンは80年代らしいですが、シルエットは細身でスマート。良質なウールの光沢や、重厚感のあるレザーの質感まで伝わってきます。ほかのDCブランドも80年代後半になると、既存の若者向けラインとは別に大人向けラインを立ち上げることが多いので、その流れを先取りしていたとも言えるかもしれません。
わずか2〜3シーズンで姿を消した
ところが、誌面を追っていくと意外な事実が出てきます。1985年11月の『MRハイファッション』には、PALVISを退任し、フリーデザイナーとなった吉羽さんのインタビューが掲載されています。ブランドを離れるのがずいぶん早い(笑)。1985年時点で、吉羽さんは複数のメーカーと、COLANDというブランドのデザイナーを担当しています。COLANDもPALVIS同様、質のいい大人の服を作ることをモットーとしており、やはりこの方がほかのDCブランドのデザイナーとは服づくりの方向性が違うことが分かります。
1983年にスタートし、メインデザイナーは1985年にはもう退任している。ということは、吉羽さんが手がけたPALVISは2〜3シーズンしか存在しなかったわけです。誌面を追う限りでは、この活動期間の短さこそブランドが語り継がれなかった一因だったのではないでしょうか。
デザイナーズブランドというものは、デザイナー本人の圧倒的なカリスマ性で成り立つことも少なくありません。しかし、PALVISはそのカリスマだった吉羽さんが早い段階で退任しています。これが直接の理由だったかは分かりませんが、以降の『MRハイファッション』では、PALVISの記載はまったく見られなくなります。
Dior出身のデザイナーが手がけ、青山・骨董通りにショップを構え、『MRハイファッション』にも掲載される。さらに、上質な素材と普遍的なデザイン。これだけ条件がそろっていれば、もっと語られていてもいいブランドです。それでも、40年近く経った現在では資料も少なく、古着市場でもほとんど見かけません。
最後に、洒落男として知られる高橋幸宏さんのPALVIS着用誌面を載せておきます。
プロフィール
市村修蔵
いちむら・しゅうぞう|2002年、兵庫県生まれ。2025年7月発売の本誌古着特集にも登場した、DCブランドを研究する長野県上田市の古着屋『SNOB』店主(当時は信州大学の現役大学生だった)。スタイリスト・小沢宏さんや、編集者・山下英介さんといった業界の大先輩らも熱視線の若きホープ。
Instagram
https://www.instagram.com/snob_old_clothing_store/
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