1976-1983 昭和アスレチックブーム期の忘れ去られたファッションを発掘! ――トロピカル松村
ザ・ワスレチックボーイ/第4回 憧れの”横文字職業”が作ったものたち
logo design: Katsuyoshi Mawatari
photo: Kanta Torihata
text: Toromatsu
edit: Kosuke Ide
cooperation: Sasuke Takeshi
2026年7月4日
「ワスレチック」とは何か? それは本誌『POPEYE』創刊(1976年)からDCブランドブーム到来(1983年)ごろまでの昭和後期に日本の若者たちを魅了した、アメリカ西海岸発のスポーツ/アスレチック文化に強力に影響を受けたファッションスタイルを指す、『POPEYE Web』チームの雑談から生まれた造語。あれから半世紀……今ではすっかり“ワスレ”去られてしまった、昭“和”のユースカルチャー、「ワスレチック」スタイルの全貌を、この道歩いて20年のライター・トロピカル松村が語り尽くすシリーズ連載。
アイテムの選考基準は、70年代後半~80年代前半のユースファッションであること、そして昭和のアスレチックボーイに愛されていたこと。その2つをクリアしたものなら、なんでもワスレチックアイテムに認定だ!
1981年『POPEYE』105号より。イラストレーター湯村輝彦を起用した〈IFCO〉の販促Tee広告。
1977年『POPEYE』13号より。イラストレーター小林泰彦のブランド〈スポーツシャック〉紹介。
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白熱、ニッポンのイラストレーターズアイテム!
ブーム度★☆☆ 忘れられ度★★★ 入手難度★★☆
ワスレチック期の世の中は、クリエイティブ系の”横文字職業”がやたらにチヤホヤされた時代だった。具体的にはエディター、イラストレーター、スタイリスト、カメラマン、グラフィックデザイナー、コピーライター、ハウスマヌカンなどなど。1984年の名著『金魂巻』(きんこんかん)はそんな当時の人気職業31種類を「金持ちタイプ」と「ビンボータイプ」で比較。イラストを添えてその生態の違いを示すことで、多くの共感を獲得した。そこから生まれた「〇金・〇ビ」という言葉は第1回新語・流行語大賞を受賞。本の内容はさておき、それほどまでに横文字職業が注目を集めていたということだ。
なかでも、イラストレーターの人気は凄まじかった。『POPEYE』の表紙も松下進がサーファーやテニスプレイヤーを描いていたり、本森隆史がスケートボーダーを描いていたり、山崎正夫がモトクロスライダーを描いていたり。中ページでも湯村輝彦、原田治、小林泰彦などなど凄腕がひしめき合っている。
フジテレビ『HOT-TV』のグラフィックは本森隆史さんによるもの。ちなみにボディは〈ラングラー〉。
『HOT-TV』のテーマソングEP。1980年『POPEYE』92号に『HOT-TV』の記事が出ていて、見出しに「ポパイをTVにしたらこーなる?」と書かれていた。番組のことをもっと知りたい。
広告業界も言わずもがな、日本のイラストレーターにあやかった。フジテレビ『HOT TV』(『POPEYE』が「テレビ版ポパイ」として取り上げたこともある情報番組)のビジュアルは本森隆史がイラストを手掛けていて、その販促Tシャツのボディは〈ラングラー〉。今でいうトリプルコラボである。〈マクセル〉×鈴木英人なんかも有名だ。原田治は1976年に〈ダスティミラー〉社から自身の名を冠した「オサムグッズ」を発売。79年には原田と安西水丸、ペーター佐藤、アートディレクターの新谷雅弘らと「パレットクラブ」というグループを結成(現在はイラスト専門スクールとして活動中)。日本のイラストレーションの勢いを感じさせる。
書籍:『父・堀内誠一が居る家 パリの日々(カノア)』より、パレットクラブのTシャツを着用する堀内誠一。
『パレットクラブ』Tシャツと、『オサムグッズ』ミニトート。ともに 原田治のオサムグッズを製作していた〈ダスティミラー〉ボディ。
はっぴいえんどやサディスティック・ミカ・バンド、大滝詠一などのレコードグラフィックを手掛けていたデザインスタジオ「WORKSHOP MU!」のメンバーだった眞鍋立彦がグラフィックを手掛けた〈ドゥファミリィ〉も、やはり彼らのアメリカンなテイストのイラストやロゴが多く採用されていた。ちなみに「WORKSHOP MU!」は〈ヴァンヂャケット〉の兄弟ブランド〈シーン〉のグラフィックも手掛けていた。
小林泰彦は、1977年頃にアウトドアブランド〈スポーツシャック〉を立ち上げている。本場アメリカのアウトドアカルチャーを知り尽くした小林が手掛ける日本製のウェアは、西武百貨店に立派なブースが設けられて『POPEYE』読者やアウトドア好きの若者がこぞって買い求めたと聞く。
80年代中期以降になるが、湯村輝彦が〈TJジム〉の名でブランドを掲げアスレチックウェアや雑貨を展開。日本のイラストレーターズアイテムを着た若者が当時にどれほどいたか写真で確認することはできていないが、横文字職業とアメリカンカルチャーへの憧れが影響していたことは間違いないだろう。
1977年の〈スポーツシャック〉カタログ。マウンパや、ダウンジャケットに加え、ベルトにデイパ、ボストンバッグに、ウォレットまで創業当初から物凄いラインナップ。
1977年『POPEYE』13号より。小林泰彦さん自らが着用して登場。イラスト押しではなく、氏のアウトドア&ヘビーデューティー好きを持ち味としたブランドだ。
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本場のイラストレーションもファッションアイテム化。
ブーム度★★☆ 忘れられ度★★☆ 入手難度★☆☆
なんだかんだでアメリカのイラストレーション、キャラクター人気も凄かった。〈ウォルト・ディズニー・カンパニー〉のミッキー・マウスに、〈ピーナッツ〉のスヌーピー、〈ワーナーブラザーズ〉のバッグス・バニーや、トムとジェリーなどなど。これらのキャラクターの歴史は当然ワスレチック期より古い。しかし、ファッションアイコンとして広まったのはやはり昭和50年代だと思っている。
左上_〈東京ディズニーランド〉オープン当初のTシャツ。1982年のコピー入り。
左下_スチュワート・マスコウィッツのキャラクター、アメリカン・ラビット×〈JAL〉Tee。
右上_〈ケニントン〉のミッキー・マウスセーター。スキーをしているのが良い。
右下_〈アルフィー〉のアクリルセーター。ワーナーものがメインだ。
その理由のひとつは、1976年がアメリカ建国200年を迎えた年だったから。というのも、アメリカはこの記念すべき年を盛大に祝うために、ディズニーなどキャラクターデザインを用いて様々なプロモーションを行なった経歴がある。ファッションブランドで最初にディズニーのライセンスを取得したのがカリフォルニアの〈ケニントン〉社と言われていて、同社はミッキー・マウスを積極的に起用し、アクリルセーターや総柄シャツなどを次々に発売した。最新のUSウェアを輸入し並べていたアメ横のセレクトショップ「る~ふ」の元スタッフ、玉木朗さんが「自分が働き始めた1976年には〈ケニントン〉などのディズニーものが並んでいた。それまでは子供が着るものというイメージだった」と教えてくれた。
人気にあやかってか、〈ケニントン〉と同じようなタグの〈アルフィー〉というブランドが現れ、トゥイーティーやバッグス・バニーの似たようなアイテムを製作していた。両社が兄弟ブランドなのかは不明。とにかくワスレチック期にアメリカのキャラクターデザインウェアが流行したことに変わりはない。
写真提供:セプティズ玉木朗さん 1976年頃の「る~ふ」店内に並ぶミッキーアイテムが見られる。
少しニッチだが、スチュワート・マスコウィッツ作品などもある。80年代初頭に〈JAL〉が、マスコウィッツが生み出したキャラクター、アメリカン・ラビットを用いたTシャツやグッズで旅行のキャンペーンをはかっている。アメリカ国旗柄のウサギがローラースケートをしているというモチーフが、なんともワスレチックの勢いを感じさせてくれるじゃないか。子供服ブランド〈ファミリア〉がスヌーピーのライセンスを取得し、日本に広め始めたのは70年とかなり早いが、メンズファッション的なアプローチはなかったため、やはり76年頃を「米キャラクターデザイン×ファッション」の始まりの年とさせていただきたい。
もちろんキャラクターデザイン以外にも、あらゆるアメリカングラフィックがファッション化している。グレイトフルデッドのレコードグラフィックやサーフィン映画『パシフィック・バイブレイション』や『ファイブ・サマー・ストーリーズ』のジャケットを描いたリック・グリフィンのアイテムは、サーフボーイたちから圧倒的な支持を集めていた。
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マガジンをまとって、ちょっぴりエディター気分♪
ブーム度★☆☆ 忘れられ度★★★ 入手難度★★★
上左_米『サーフィンマガジン』のTシャツ。ボディは〈バルサーフ〉。
上中_米『サーファーマガジン』のTシャツ。左と二強である。
上右_米『スケートボーダーマガジン』のロンTee。
下左_『POPEYE』のTシャツ。かなり流通した。
下右_鎌倉書房のスポーツムック『スポーツノート』のTシャツなんかもある。
かつては雑誌人気が凄まじかった、なんてことは言うまでもないが、当時の若者が今よりピュアに「媒体そのもの」を支持していたところに目を向けると面白い。今でも、60代以上の先輩世代の人々が「ポパイに育てられた」的な意味の言葉を発しているシーンは結構見られたりする。つまりあの頃は雑誌のロゴTシャツという、「ザ・販売促進グッズ」でさえも、普通にナイスアイテムとして若者が手にしていたんじゃないかと考えられる。昭和50年代のサーフシーンをひとまとめにした『75-85 SURFING JAPAN』( Bueno!Books)という至極の写真集があるのだが、そのなかには日本のサーフィン雑誌『サーファーマガジン』のポロシャツを着ているプロサーファー添田弘道の姿があった。1978年にテレビの歌番組に登場した郷ひろみが『POPEYE』ロゴの白Teeを着ている映像があるから、もしよかったらYouTubeなどで観てみてほしい。
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二人の「ワスレチックガールズ」に夢中。
ブーム度★★★ 忘れられ度★★☆ 入手難度★★★
女性のヌードやグラビアを廃した男性誌として登場した『POPEYE』にも、例外で登場したアイコンが少しいた。例えばそれはアメリカのファラ・フォーセットや日本のアグネス・ラムなど(後者はハワイ出身)。ワスレチック期はその名の通りアクティブな若者こそが持ち上げられた時代。ゆえに、前述のふたりのようなサンバーン(褐色)な女性はファッション的視点でみても健康的でかっこよかったわけだ。
考えて見れば、アイドルやタレントだって横文字職業である。彼女らがプリントされたTシャツを着る、なんて行為はちょっと行き過ぎではあるけど、そんなアイテムも発売されてしまうほどワスレチックガールズが注目されていたということも、ここに記しておきたい。
Profile
トロピカル松村
とろぴかる・まつむら|1988年、兵庫県生まれ。編集ライター。サーフィン専門誌の編集者を経てフリーランスに。サーフィンを始めたときから約20年間、当時のサーフボードで波に乗り続けている。昭和の西海岸ブーム(ワスレチック)期にフォーカスした私設ミュージアム「さんかくなみ」を二子新地で営んでいたが、2025年7月に閉館。ジーンズ&スポーツを掲げるブランド〈CRT〉のディレクターでもあり、著書に『ボクのニッポンサーフィンサウンド』がある。筆者が着ている青山学院ユースホステル部のTシャツは、なんと本森隆史さんのイラスト入り!
CRT
https://www.instagram.com/crt_jeans/
https://crt-jeans.com
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