TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】心が雨漏りする日には

執筆:燃え殻

2026年4月30日

中島らもさんの文庫『心が雨漏りする日には』が再版されることになった。そして、帯文をお願いされた。
重い。
光栄すぎて、最初、しっかり断ろうと思った。
前に、とある90年代カリスマバンドのドキュメンタリー映画にコメントを出したことがあった。自分の遅れてきた青春時代によく聴いていた、大好きなバンドだったので、二つ返事で引き受けたのだが、そのバンドの古参のファンの方々から、SNSで「お前がコメント寄せてんじゃねーよ!」というような意見がビュンビュン飛んできた。
しっかり、ファンのいる方の作品にコメントを寄せるということは、かなりのリスクを伴う。今回も引き受けたら最後、「お前、誰だ?」「あなたに資格なし」「で、だれ?」の矢が飛んでくることはわかっていたが、中島らもさんの『心が雨漏りする日には』には特別な思い入れがあった。
昔、テレビの仕事を半年、休職したことがあった。ある朝、仕事に行こうと、いつも通り、駅まで行くと、どーしても電車に乗れない。いやいや、「乗れない」の手前の、改札にすら入れない。どーしても足が動かないのだ。脂汗はとめどなく流れ、背中どころか、お尻、太ももをも、汗が伝うのがわかった。ヘナヘナと力が抜け、過呼吸のような状態になり、救急車で恵比寿の救急病院に運ばれた。
そこから半年(正式には八ヶ月近く)、会社を休職することになる。
入院中、知り合いの制作会社のディレクターが、『心が雨漏りする日には』を、バナナと一緒に差し入れてくれた。らもさんの本は全部読んだはずだったが、内容はほとんど憶えていなかった。全部わかる、とは言わないが、らもさんに手を差し伸べてもらったような気持ちになったのを憶えている。
それから、鞄の中には、ほぼずっと『心が雨漏りする日には』を入れている。
生きていると、そのときどきで悩みは変わっていく。でも決して悩みがなくなることはない。
基本、本は元気なときにしか読めない。人は心底辛いときに、本などめくろうとは思わない。はずだ。僕ももちろんそうだ。
でも、この『心が雨漏りする日には』は例外だった。心底辛いときに、もしくは眠るタイミングを逸した明け方に、ふと鞄から引っ張り出して、好き勝手なところを数ページ読んでみたくなる。らもさんに触れたくなる。

プロフィール

燃え殻

もえがら|1973年、神奈川県横浜市生まれ。2017年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、またエッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、ほかにも映像化、舞台化が相次ぐ。著書に、小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『愛と忘却の日々』『これはいつかのあなたとわたし』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』『この味もまたいつか恋しくなる』など多数。

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