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読むこと/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.36

2026年10月30日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando(uruo)

いつからか、鞄の中にはいつも本を忍ばせている。かといって必ずしも毎日読むわけではないし、むしろ1ページも開かずに1日を終えることも多いのだけど、なんとなく鞄の中に一冊入れておかないと気が済まない。口寂しくなった時のためのグミや飴玉のように、いつでも手を伸ばすと触れられる本があることがわたしを安心させてくれる。

幼い頃から本を読むことは漠然と好きだったが、本格的に本の魅力にどっぷり浸かるようになったのは高校2年生の頃だ。何気なく学校の図書室で手に取ったアンソロジーの中に吉本ばななさんの一編があり、猛烈にその世界に引き込まれ、手当たり次第ばななさんの本を読み漁った。とくに『デッドエンドの思い出』という短編集は何度繰り返し読んだかわからない。ばななさんの紡ぐ言葉の中にいるときだけの不思議な浮遊感に心酔し、うっとりと恋に落ちたかのように読み耽っていた。同じクラスの友達に、“吉本ばなな“って偽のサインでもいいから書いて!と懇願するほどの崇拝っぷりだった(今思うとよくわからない)。

こうして吉本ばなな革命を経たわたしは、さらに視野を広げてみるべく、カミュやカフカなどの世界文学の名作を読んでみたり、芥川や太宰などいわゆる教科書に出てくる文豪たちの作品にもう一度触れ直してみたり、ミステリーや自伝、短歌、詩など色々なジャンルに手を伸ばしたり。気がつけば本を読むことはわたしの生活の一部になっていた。

わたしが思うに本は、ひとが体験できるすべてのエンタメの中で最もお金がかからないもののひとつだ。文庫なんかはたったの数百円で手に入ってしまうことにいつもびっくりしてしまう。それなのに、いくらお金を払っても自分の人生では体験することができないようなことを味わわせてくれるなんて、なんて太っ腹なんだろう。本の中にいるときは、自分をまるっきり脱ぎ捨て、樽のような腕を持った勇ましい男にだって、可憐な小鳥にだってなれる。どれだけ非道な行いをしても捕まることはないし、傷ついて血を流すこともない。いつだって自由で安全にひらけた世界が、両手を広げてわたしを待ってくれている。

そしてやっぱり、本を読んでいる人の姿は美しいと思う。側から見るとそれは静かで慎ましい光景に見えるけれど、本を読む人の内側では火花が散るほどの無限の世界が広がっていて、さまざまな感情が激しく駆け巡っている。きっと本を読むときにしか辿り着けない場所がそれぞれにあり、そのどれをとっても同じものは存在しない。本の中へと吸い寄せられている人のまなざしはいつだって静かに燃えていて、そのさまがとても神聖に思えるのだ。電車に乗っている時も、つい本を読んでいる人に目がいってしまう。

生きているうちに一体あと何冊の本が読めるだろう。まだみぬ本の世界に胸を膨らませながら、たぶん今週末も本屋に向かう。

ひとこと
今年出会った本の中では、宮本輝さんの「星々の悲しみ」という短編集が特に好きで心に残っています。

上白石的テーマソング:Just For Today/ Clairo

プロフィール

読むこと/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『イグナイト –法の無法者–』(25/TBS)、『パンダより恋が苦手な私たち』(26/NTV』、映画『366日』(25/松竹)など。今後は2027年1月より放送予定のドラマ『デンジャラス』(NHK)への出演が決定している。2017年からはadieu名義で歌手活動も行っており、現在配信中の新曲「ささくれ」はアニメーション映画『我々は宇宙人』の主題歌となっている。