カルチャー

『トゥ・ランド』のハル・ハートリー監督にインタビュー。

2026年4月25日

text: Keisuke Kagiwada

1990年代、NYのインディペンデント映画シーンを象徴する監督がいた。その名はハル・ハートリー。『トゥ・ランド』は、そんな彼にとって11年ぶりとなる待望の新作映画だ。既に還暦を超えているものの、ハートリー映画でお馴染みの軽妙洒脱さは健在。実際、これは映画監督のジョー・フルトンが、遺言書を作成したために、周囲から「余命わずか?」と勘違いされたことから巻き起こる、哲学的なドタバタ喜劇なのだから。というわけで、ハートリー監督に話を聞いた。

©Hal Hartley / Possible Films, LLC

ーー『トゥ・ランド』は、前作『ネッド・ライフル』に続き、クラウドファンディングで資金調達されて制作されています。それも含めて、監督が映画を撮り始めた1980年代後半と比べると映画制作をめぐる環境は変化したと思いますが、現場をどう受け止めていますか?

ハートリー 技術の発展によって、映画の制作方法、配給、鑑賞の仕方は、私が1980年代後半に映画作りを始めた頃とは大きく変わりました。クラウドファンディングも、その技術発展の一側面と見なせるでしょう。本質的には単なるクレジットカード決済に過ぎないわけですが、私も利用しているKickstarterをはじめ、使いやすく魅力的なキュレーション・プラットフォームがあるおかげで、アーティストがターゲットとする観客に直接リーチし、配給会社、セールスエージェント、広報担当者といった非常に高額な宣伝体制の多くを迂回することが、以前よりはるかに容易になりました。幸運にも、私には以前から世界中にファンがいて、長年にわたりクラウドファンディングを通じてその基盤を築き上げてきました。初めてクラウドファンディングを行ったのは、2011年の『はなしかわって』のときです。もちろん、従来の方法で資金調達された素晴らしい映画も数多くあるでしょう。しかし、私にとってはこの方法がうまく機能しています。

ーーかくして作られた『トゥ・ランド』は、主人公のジョー・フルトンが遺言書を作成しようとする場面から始まる物語です。これはご自身の体験に基づいているそうですね。その体験をどのように膨らませて映画にしたんですか?

ハートリー まさに、私自身の遺言書を作成してもらったことが、最終的にこの映画につながるきっかけのひとつでした。弁護士との打ち合わせを終えて帰路につく途中、何百ドルも払って、この立派な専門家たちに「家に帰って持ち物のリストを作り、死んだ時に誰にそれを譲るか決めてきてください」と言われたことが、実に滑稽に思えたんです。だから、帰宅途中の地下鉄に乗りながら、頭の中でそのシーンを書き始めていましたね。そして、この映画のきっかけとなったもうひとつの要素は、「自分の人生で他に何ができるか?」について考えを巡らせる私の性向でした。なぜそんなことを考えるのか理解できない友人や家族にとっては、いつも面白い話だったようです。2014年、私はこのテーマを扱った小説『Our Man』を執筆していたのですが、『ネッド・ライフル』の制作と配給に差し掛かり中断することになりました。そして2016年、小説の執筆に戻ったのですが、書き進めた内容は気に入っていたものの、突然、脚本を書きたいという衝動に駆られたんです。その脚本は小説とはかなり異なるものになったのですが、ジョーが弁護士のオフィスで面会するシーンに関しては両方でほぼ同じです。

©Hal Hartley / Possible Films, LLC

ーージョーは映画監督でありながら、教会にある墓地の管理人になろうとします。その挿話は、監督自身の「自分の人生で他に何ができるか?」という思いに由来しているわけですね。

ハートリー 私はほとんどいつも、そう感じてきました。映画だけを作りたいと心から思ったのは、1983年から1995年頃までの間だけです。しかし、1995年頃には、それは不可能になりました。何かで才能を示すと、世間はそれを続けるよう求めてくるものなんです。それが不満だというわけではありません。もっと悪い状況だって、あり得るわけですから。私は映画を通してそういう自分自身を茶化しているのかもしれません……特に『トゥ・ランド』では。実のところ、映画を作るのは好きなんです。ただ、自分の目的や気質により合った方法で、そのビジネスを営む道を見つけたいとは思っていました。そして2010年か2011年頃、短編映画『はなしかわって』を通じて、その道を見つけ始めたんです。

ーージョーが初めて画面に登場するシーンで、彼は傘を手にしています。ところが、雨はすでに止んでいて、すぐに傘を畳んでしまいます。だとすれば、その直前に流れる印象的な映像の連なり――荒波を航行する船の白黒映像、強風で揺れる木々、雨で濡れた車の窓――は何を意味しているのでしょうか? 個人的には、不穏な物語が展開されるのではないかと身構えてしまいました。

ハートリー 冒頭で、言葉には言い表せないような感情の衝撃を即座に与えたかったのです。目覚まし時計が鳴るような感覚とでもいうのでしょうか。おっしゃる通り、それは不安を煽るものであり、豊かな小さな詩の一片のようなものであり、ドアがバタンと閉まる直前に会話の一片を耳にしたような感覚です。そして、すぐに、より穏やかに物語へと落ち着いていく。それが私が提示できる唯一の理由ですね。

ーーインテリのジョーは、アナキストとして市議会議員選挙に出馬している隣人のオリバーに、プルードンをアナキズムの創始者の一人として紹介しますね。アナキズムはあなたの映画によく登場しますが、重要なテーマなんですか?

ハートリー 中心的なテーマではありませんが、自治について考える際の私たちの習慣に対する代替案として、常に有用なものだと考えています。必ずしも心地よいものではありません。しかし、アナキズムの原則を深く考察することで、資本主義的民主主義や権威主義に関する、より危険な従来の幻想のいくつかが明らかになると思っています。

©Hal Hartley / Possible Films, LLC

ーーアナキズムと同様に興味深いモチーフとして、この映画には宗教が登場します。実際、教会でジョーが出会う女性は、かなり独特な宗教観を語り、若き脚本家志望の青年は、修道院でビールを醸造する修道女を題材にした物語を書いています。また別の作品ですが、『愛・アマチュア』には、元修道女でポルノ作家になった女性も登場します。神や宗教についての考えを聞かせていただけますか?

ハートリー ほとんどの社会は宗教的信念によって彩られています。私の作品に修道女や神父が時折登場するのは、私自身がローマ・カトリックの雰囲気の中で育ったからです。私は神を信じていませんが、神を信じる人々、手持ちの道具で世界の意味を理解しようとしている人々には強い関心を持っています。世界の意味を理解する手立てとして、科学、政治、技術だけでは、必ずしも十分ではないように思えるからです。芸術、哲学、宗教は常に隣り合っていて、特定の点で互いに曖昧に溶け合っています。私はその境界に興味があるのだと思います。それらがどのように越えられるのか、そもそもなぜ越えられるのか、という点に。

ーーなるほど。しかし、「修道院でビールを醸造する修道女」というモチーフからもわかるように、この映画ではシリアスに描かれがちなテーマを扱いつつ、監督の他の多くの作品と同様、オフビートなコメディになっています。このバランス感覚こそがあなたの作家性だと思いますが、ご自身としてはどうお考えですか?

ハートリー おっしゃる通りです。私はシリアスなこととコミカルなことを切り離したことがありません。それは私の性格と関係があるのでしょう。子供の頃からそうでした。私は生まれつきの皮肉屋なんです。物語を作り始めるようになってからも、登場人物への理解や共感を皮肉を交えて表現する傾向がありました。感傷的になりすぎず、かといって冷淡だったり批判的だったりもしない。皮肉は矛盾を浮き彫りにし、対比を生み出すことで、人間性の多様性や変わりやすさを示す助けとなるのです。大事な成長期に、私が笑劇(ファルス)、特にモリエールの笑劇(ファルス)に惹かれたのは、そうした事情によるのでしょう。

©Hal Hartley / Possible Films, LLC

ーーそのファルス的な役割を担う小道具のひとつが、この映画の影の主人公とでもいうべき謎の飲料、”Extra Ultra Light”です。おそらく実在はしない飲料だと思いますが、あれはどういう発想で生まれたのでしょうか?

ハートリー 2015年頃だったか、ライトビールが大きなブームになりましたよね。1本あたりのカロリーを最小限に抑えるとかなんとか、ビールメーカー各社は激しく競い合っていたのを覚えています。もちろん、ビール好きの私たち年寄りも体型を気にしていましたから、どのライトビールが好みかを語り合っていたものです。いつも爆笑しながら! そこで私たちは”Extra Ultra Light”を考案し、ボトルの選定やラベル作りを大いに楽しんだというわけです。

ーー『トゥ・ランド』では、これまでの多くの作品と同様、ご自身で劇伴を手掛けていますね。今回は久々の監督作となりましたが、音楽を他の人に任せることを検討されましたか?

ハートリー 自分でできるなら、やらない手はないでしょう。映画制作においては、関わる人が少ないに越したことはありません。それに、私は音楽を、音響効果や映像の編集と同じくらい慎重に考えています。それらはすべて互いに語り合い、映画という布地の中に織り込まれていなければならないのです。

ーー音楽については、キャット・スティーヴンスの「Silent Sunlight」をめぐるシーンも印象に残っています。彼の曲が使われた映画は数多くあります。しかし、それをかつてジョーが姪に聴かせた子守唄として登場させ、しかも歌詞だけを引用するというのが、監督らしいなと思いました。

ハートリー 10代前半の頃、スティーヴンスの曲をよく聴いていました。あの曲が好きで、ギターでの弾き方を練習したことも覚えています。でもよくあることですが、すぐに他の音楽に興味が移り、「Silent Sunlight」を再び耳にしたのは、40代半ばになってからでした。その時、この曲には私にとって全く新しい、力強い意味が宿っていました。耐え忍ぶことの美しい悲しみや、それに類するものを、表現しているように感じられたのです。13歳の頃には到底理解できなかったことですね。実はあのシーンでは、別のアイデアが当初は存在していて、それはジョーがかつて手掛けた映画の台詞を、ヴェロニカにせがまれて朗読するというものでした。でも、それではあまりにも整いすぎていて、完結しすぎているように感じられました。私は物語の結末を、開かれたままにしておきたかったのです。構造的には解決しつつも、調和的には宙吊りのままにしておくこと。音楽でよく見られるような、そんな感じにしたかったのです。いつから子守唄にしようと思ったのか、記憶にはありません。だけど、そう決めた瞬間、「Silent Sunlight」のあの歌詞を使いたいと直感したんです。過去の作品でも用いた、コール・アンド・レスポンスの手法で。

レスポールを持つハル・ハートリー。

ーー最後に、映画制作において、あなたが大切にしているモットーや哲学があれば、ぜひ教えてください。

ハートリー 台詞を書くこと、シーンを撮影すること、編集すること……それこそが私の思考であり、世界を、そして私が世界に抱く期待を考察する方法なのです。他の人なら小説や詩を書いたかもしれませんし、私自身も後年そうしました。しかし、視覚芸術やグラフィックアートを学ぶことからキャリアをスタートした私にとって、おそらく映画の方がそれらとより直接的に関連しているように思えたのでしょう。いずれにせよ、その頃から読書量も増え、演劇や映画、テレビ番組の台詞、さらには歌の歌詞にまで注目するようになりました。しかし最初から、映画制作とは私にとって、自分が生きるこの世界、そして世界や自分自身に対する期待を考察する手段だったのです。もちろん、30歳の頃にはそうは言えませんでした。しかし66歳になった今なら、そう断言できます。

プロフィール

ハル・ハートリー

1959年、ニューヨーク州リンデンハースト生まれ。NY州立大学パーチェス校で映画製作を専攻し、自主製作した『アンビリーバブル・トゥルース』で長編監督デビュー。代表作に『トラスト・ミー』『シンプルメン』『愛・アマチュア』など。

インフォメーション

『トゥ・ランド』のハル・ハートリー監督にインタビュー。

『トゥ・ランド』

58歳のジョー・フルトンは、かつてロマコメ映画で人気を博したものの、最近は半ば引退状態の映画監督だ。彼は心機一転すべく近所の墓地の管理人の仕事に応募する。同時に、弁護士の勧めに従って遺言書を作り始めたため、あらぬ噂が周囲に流れることに……。公開中。