TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】奈々福の浪曲的生活

執筆:奈々福

2026年6月5日

熊野比丘尼、という人たちが、いました。私たち「浪曲」のご先祖の一つです。

和歌山県の熊野地方。熊野三山と言われる「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「那智大社」の三つの「大社」があります。古くから信仰を集め、多くの天皇、上皇も遠く都からお詣りしました。平安時代から中世にかけては、熊野三山へ向かう参詣者の列が蟻の行列のように途切れず続いたので「蟻の熊野詣」という言葉があるほどです。熊野比丘尼は、その熊野信仰を全国に広めて歩いた人。昔は神仏習合ですから、那智大社の隣に青岸渡寺があり、仏の教えを平易な物語にして語ったり歌ったりしていたのでしょう。比丘尼の話に耳を傾けるのは庶民。庶民の共感を得たい。お金も集めたい。御仏の教えを語る語りがだんだん芸能化して行ったのでしょう。

大斎原(おおゆのはら)。本来熊野本宮大社があった場所。このすぐ近くに現在の熊野本宮大社があります。

和歌山市でお仕事をいただきました。和歌山から熊野はかなり距離があるのだが、ここまで来たのだから、熊野詣でをしたい! いや、熊野比丘尼の末裔であるなら、詣でなければならんだろう。和歌山出身の後輩、三門綾くんが、車で応援に来てくれたのをよいことに運転手を依頼、仕事が終わるや、奈々福と曲師の広沢美舟と三人、和歌山から車で三時間半。まずは那智に向かいました。

夜中に到着。滝の至近の民宿に投宿。部屋から滝の音が聞こえます。翌朝、窓を開ければ、雲一つない青空! 心急くまま滝に向かいます。飛瀧神社は、那智の滝こそがご神体。神社の鳥居をくぐり、石畳を踏みしめながら杉木立の奥へ入っていくと、目の前に、滝が迫ります。日本三大名瀑の一つ。圧倒されます。

那智の滝

その霊気。

立ちすくんでしまう。水しぶきを浴び、延命長寿の水とも伝えられる滝つぼの水をいただき、ただ茫然と滝を見上げ、見上げ続けてしまいに首がおかしくなりました。

私は滝マニアなのであります。昔、声明の名手であった良忍上人という方が、京都大原の滝の前で修行をしていたら、あるとき、滝の音も上人の声もしなくなった……滝と上人の声が同期して、ノイズキャンセリング状態になったのではないかと考えられるのですが、そんなことがありうるのか、声の商売人としては、滝の前でいろんな声を出し、滝と同期する瞬間を探るのが趣味なのですが……この滝の前ではそれが畏れ多いことのように思われるのです。

いつまでも見ていたい気持ちを振り切り、青岸渡寺と那智大社にお参り。そのあと山を下って、巨岩がご神体になっている神倉神社をお詣りし(私は坂道マニアでもあります。この神社の御神体のある頂上まで登る石段には……萌えました。太ももの筋肉も燃えました)、はるか海を見下ろす景色に感動したあと、その海へ……戻らぬ旅路、補陀落渡海の出発地となった補陀洛山寺へ。

神倉神社。熊野に最初に神々が降臨したと言われる社で、御神体はゴトビキ岩と呼ばれる巨岩。運転手の三門綾と曲師の美舟と、538段ある石段を登りました。

つまり熊野は、日本古来の、自然を畏敬し信仰の気持ちを呼び覚ましてくれる、再生の地なのです。

地元名物めはり寿司で昼食をとり、車を飛ばして新宮へ。熊野速玉大社にお詣りし、熊野本宮大社にほど近い川湯温泉に投宿。翌朝、小栗判官を癒したという湯の峰温泉のつぼ湯に浸かりました。美舟ちゃんと、硫黄香る岩風呂にどぷん。

ああ、このお湯なのか。

餓鬼阿弥と化した小栗判官を再生させた湯、ひと浴びでなるほどと納得する泉質。数々温泉に入ってきたが、こんなに湯に感動したことが過去にあったろうか。肌がすべらかになるだけではない、川の上の、板で小さく囲われた空間の、二人浸かればいっぱいいっぱいになる小さな岩風呂の、足の下から滾々と湧き上がる湯に、心底癒される気がする。制限時間30分がうらめしい。

餓鬼阿弥と化した小栗判官を再生させたというつぼ湯。

そして三山最後の熊野本宮大社に参詣。超特急の熊野詣で。緑豊かな、酸素濃度の高く感じられる熊野の聖地で、霊気をたっぷり浴びてきました。

再生の旅。

奈々福の芸はこれから、違ってきますよ(たぶん)。ぜひ実演の舞台にお運びください。こちらに予定が出ておりまっす! https://7729.jp/

プロフィール

奈々福

ななふく|神奈川県横浜市生まれ。1995年、曲師として二代目玉川福太郎に入門。師匠の勧めにより浪曲も覚え、2001年に浪曲初舞台。2006年、美穂子改め玉川奈々福として名披露目。さまざまな浪曲イベントをプロデュースする他、自作の新作浪曲や、長編浪曲も手掛けるほか、海外公演を行うなど、多岐に渡って活動。第11回伊丹十三賞受賞。著書に『浪花節で生きてみる!』(さくら舎)『語り芸パースペクティブ―かたる、うなる、よむ、はなす』(晶文社)がある。