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【#1】奈々福の浪曲的生活

執筆:玉川奈々福

2026年5月15日

玉川奈々福


text: Nanafuku Tamagawa
edit: Ryoma Uchida

浪曲師の玉川奈々福と申します。浪曲という芸能を、ご存じの方は少ないと思います。なにせ全国に、浪曲師は100人もいません。落語家さんは、いま1000人くらいいらっしゃるらしいのですが、その十分の一以下です。

とはいえ、落語、講談、浪曲とこの三つが「日本の三大話芸」と言われているらしく。このコラムを通じて親しんでいただければと思います。

私は芸能の家に生まれ育ったわけではありません。大学を出てから出版社に勤めておりました。筑摩書房で書籍の編集をしていました。一生続けられる習い事をしようと思って、うっかり日本浪曲協会主催の三味線教室に入ったのが縁で、浪曲の三味線弾きになり、勤め人を辞めて、浪曲師として浪曲でご飯を食べるようになった者です。どうやってご飯食べているのか……不思議に思われるかと思いますので、そんな浪曲芸人の日常を綴っていきたいと思います。

昨日は、昼間、上野広小路の交差点にある上野広小路亭の定席に出演しました。12時すぎから始まって、16:30終演。私の出番は13:20なので、一時間前くらいに、曲師(浪曲三味線弾き)とともに入ります。浪曲は三味線との二人芸なのです。今日の相方は、広沢美舟。高座時間は20分厳守。浪曲はだいたい一席30分くらいなので、ちょちょっと編集しなければなりません。でもって、前の演者がどういう演目をやるか、それによって重ならないように、お客さんに楽しんでもらえるように、演目も直前に決めます。頭ぐちゃぐちゃになりながら、一席。浪曲はもともと大道芸から生まれた芸能。大きな声出します。体力使います。終わってから美舟ちゃんとがっつりご飯、夜の部に備えます。

夜は、昭和女子大学で演芸会。講堂にびっしり詰めかけた2000人の女子大生たちに、落語、講談、浪曲を聞いてもらう会。落語は人気番組「笑点」でおなじみ桂宮治さん、講談は大人気の一龍齋貞鏡さん、浪曲は、(一社)日本浪曲協会会長の天中軒雲月師匠。奈々福は司会と、最後のレクチャーコーナーを担当。

こんな感じで、寄席からホール、独演会や地方公演と飛び回りながら暮らしておりますが、その日目の前にするお客さんは、未就学児から人生の大先輩まで、十数人の小さな会から、2000人規模の会まで。その場その場に対応し、手を変え品をかえ、とにかく楽しんでもらってなんぼ!!!

そんな浪曲旅芸人の日々をつづるコラム。四回書かせていただきます。よろしくねん!

プロフィール

玉川奈々福

たまがわ・ななふく|神奈川県横浜市生まれ。1995年、曲師として二代目玉川福太郎に入門。師匠の勧めにより浪曲も覚え、2001年に浪曲初舞台。2006年、美穂子改め玉川奈々福として名披露目。さまざまな浪曲イベントをプロデュースする他、自作の新作浪曲や、長編浪曲も手掛けるほか、海外公演を行うなど、多岐に渡って活動。第11回伊丹十三賞受賞。著書に『浪花節で生きてみる!』(さくら舎)『語り芸パースペクティブ―かたる、うなる、よむ、はなす』(晶文社)がある。