TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】記憶の中のカレー

執筆:U-zhaan(ユザーン)

2026年4月17日

 川越駅側からクレアモール商店街へ入って2本目の細い道を右に曲がると、いつもそこには古ぼけたオレンジ色の立て看板と数名の行列があった。
 古くからの川越市民で『カレーキッチン ジャワ』の名を知らない者はないだろう。2013年の11月に惜しまれつつ閉店するまで、市民からこよなく愛され続けた店だ。僕もジャワが好きだったし、僕の父もジャワのファンだった。

「今日は仕事が午前中で終わるから、昼ごはんはジャワで食べよう」と朝食の席で父が言ったのはジャワが閉店する約2年前、2011年10月24日のことだった。
 当時の僕は真夜中に開催されるクラブイベントなどへの出演も多くて昼夜逆転に近い生活を送っていたため、その日も朝食を食べてから昼過ぎまで寝るつもりだった。だがジャワに行くとなれば話は変わってくる。睡眠よりもジャワだ。父が東京から帰ってくるのに1時間かかるとして、遅くとも11時半には起床して準備するべきだろう。だとすると朝食はスキップして寝ちゃった方がいいかもな、などとジャワに向けてコンディションを整えていく。
 ベッドに入り、今日はどちらのカレーソースにしようかと考えながら目をつぶった。ジャワのカレーには「ジャワカレーソース」「欧風カレーソース」という2種がある。どちらのソースにするかをまず決めてから具材をチョイスし、「ジャワのビーフ」とか「シーフードを欧風で」みたいに注文するシステムになっていた。
 僕はジャワカレーのほうを選ぶことが多かった。味が好きだったのはもちろんだけれど、金銭的な理由もあった。たとえばジャワのチキンが550円なのに対し、欧風のチキンは1,100円。値段が倍も違うのだ。
 父はジャワでも欧風でもなく、まさかのドライカレーを注文することに決めているらしい。あの店でドライカレーなんて食べている人を見たことがないし、そんなメニューがあったことすら知らなかったけれど、彼はずっとそれが気になっていたそうだ。僕も一口だけ味見させてもらえるだろうか。

 数時間後に起床し、いつでもジャワへ向かえる状態に準備を整えて待機した。あまりにお腹が空いてきたので「やっぱり駅で待ち合わせたほうがよかったかな」と母に言うと「お父さんは背広でご飯を食べるのがあんまり好きじゃないし、うちで着替えてから行きたいはずよ」とたしなめられた。
 1時半を過ぎた頃、ようやく父がドスドスと足音を立てながら帰ってきた。「おかえりなさい」と母が明るい声で迎える。父の着替えが終わったらすぐにも出発だ。そう思っているところに、父の口から予想外の言葉が発せられた。
「おう、ドライカレーうまかったぞ」
 父が何を言っているのか理解するのには、少し時間を要した。昼はジャワで食べよう、という彼の発言に、家族を外食に誘う意図はなかった。自らのランチプランを宣言しただけだったのだ。
 いまさら母と2人でジャワへ行く気にもなれず、僕らは前日の残り物を静かに食べた。冷蔵庫から出したままの冷たい炒め物の味が、気分にぴったりだなと思った。

 これがジャワに関する最も印象的な出来事だ。何度となく訪れて美味しいカレーを食べたはずなのに、食べられなかった日のことが一番心に残っているのはなぜだろうか。
 決して悪い思い出ではない。家族とカレーの、楽しい記憶だ。

写真:しまじろ

プロフィール

U-zhaan(ユザーン)

ゆざーん|1977年、埼玉県川越生まれ。インドの打楽器、タブラの奏者。2025年に坂本龍一、Cornelius、ハナレグミなどをゲストに迎えた11年ぶりのアルバム『Tabla Dhi, Tabla Dha』をリリースした。ベンガル料理レシピ本やレトルトカレーを監修するなど、幅広く活躍中。

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