トリップ

はじめてのパックラフト体験記。Vol.3

化石採掘編

photo & edit: Masaru Tatsuki
text: Ryoma Uchida

2026年5月11日

ザバーン!

 キラキラとした水面の景色が一転、視界は暗く、頭の中は真っ白に。川には常に危険が伴う。一緒の参加者に助けてもらいつつ、形勢を整える。荒川の小さな急流スポットでこの日の何度目かの転覆を経験し、その難しさを身を持って実感した。「ようこそ、パックラフトへ」という平井さんの声が聞こえる。

 2025、夏。前回に引き続き、アラスカ生まれのアクティビティ「パックラフト」で遊ぶため、埼玉県秩父郡長瀞町(ながとろまち)に訪れた。今回も、現地で川をフィールドとしたアクティビティを専門とする〈アムスハウス&フレンズ〉の平井琢さんに案内をしていただきつつ、地元消防団員の方と、「埼玉県立自然の博物館」自然担当学芸員・北川さんと共に川を下ることに。

「埼玉県立自然の博物館」自然担当学芸員・北川博道(きたがわ・ひろみち)さん
ナウマンゾウやマンモスなどのゾウ化石を中心に古脊椎動物学を専門に研究する。

 今回の目的は、秩父郡皆野町周辺の荒川を渡りながら化石を採掘してみることだ。なぜ秩父で化石? それは遡ること数千万年前へ……。

皆野町で“200万年”を感じる水の旅。

 そもそも、プレートとともに陸地は移動する。僕らが今立って歩いている日本列島が大陸から分裂したのが約2000万年前頃の話だ。それから約1500万年前頃には約3000キロも東へ移動し、ほぼ現在の位置にやってきた。想像もつかないほどの大昔&長距離だ。今だって、常に1年間に数センチメートル程度の速さで動いている。

 約1700万年前〜約1500万年までの200万年間、「秩父盆地」は奥秩父の山すそまで海が入りこみ、東に開く入江だった。そこは今のような陸地……いずれ「外秩父山地」になる山々はまだなくて、海が広がる状態。これを「古秩父湾」と呼び、ここにさまざまな地形が堆積した歴史を現す「古秩父湾堆積層」は、日本列島誕生期の環境を反映する地層なのだ。これは現在も観測することができる。

 だからこそ、ここ秩父は、明治時代から日本の近代地質学における数々の先駆的な研究が行われてきた「日本地質学発祥の地」、「地球の窓」と呼ばれる場所でもあるのだ。

 こうした地殻変動に伴い、約1700万年前~1500万年前の間で、海底に堆積した「パレオパラドキシア」、「チチブクジラ」、「チチブサワラ」などの大型哺乳類、魚類、貝類、甲殻類の化石が数多く発見されている秩父。植物なんかじゃなく、まさかの海洋生物。化石は地球が過ごしてきた時間を証明する重要な参考品だ。そんな化石を見るべく今回の目標スポットの一つとして定めたのが「古秩父湾」誕生の地「前原の不整合」である。これから川を行くなかで、1700万年前から1500万年を繋ぐ「200万年間」を“旅”することになる。もし今回「貝」や海の生き物の化石が出てきたら、やっぱり秩父は海だったってことが身をもってわかるはず。

©️Google

 と、事前知識を入れたところで出発。第一回で学んだアウトドアでの大事な一歩目「準備と計画」として、今回用意したものがこちら。僕も帽子、サンダル、ラッシュガード、ウェットスーツ等をアウトドアショップやユニクロで簡単に揃えた。安価でも機能がちゃんとしていればOK。見た目が良いものから選ぶのもアリ。

北川さんが用意したハンマーは「ピック型岩石ハンマー」(写真中)地質調査で使われることが多い。化石採掘には先端が平らなノミ(チゼル)状になった「チゼル型岩石ハンマー」でも適しているそうなのだが北川さんは「かっこいいからピック型がいいかな」と笑っていた。テンションが上がるモノを用意しておくのも大事だよね。

 いざ、皆野町を周り、長瀞方面「前原の不整合」などのスポットを巡る川の旅へ。スタートは皆野橋付近から、栗畔橋を越えた辺りまで向かう。今回も比較的穏やかな河川ではあるものの、平井さんが「カレント」と呼ぶいくつかの強い流れのあるエリアがあって……。そして記事の冒頭である。

「安全管理をしている人間として、懇切丁寧に安全な渡航を導くことが目的の場合もありますが、本来は、失敗を繰り返し経験してもらい自分自身で“理解”をしてほしいですし、そのためのサポートをしたいと考えています。自発的に動くことが重要なんです。“ゼロから教えてください”という姿勢だと、情報だけの理解になってしまいますし、アウトドアではしっかり悩んで考える時間が大事だと思うんです」と平井さん。

 練習ももちろんだけれど、不安定なボートは、船の大きさを変えることでも安定に繋がる。また、漕ぐときも場当たり的に水を漕いでいくのではなく、水の流れをみつつ、進む先を読んで冷静に判断することが大事だ。ついつい前の人に付いて行きそうになるところ。進めそうな川の流れの方向を自分の目で判断していないと、どこを目指しているかわからなくなってしまう。

 道中最初にボートを降りた場所は、まだ“名前の付いていない”エリア。北川さん曰く「かなり面白い地形になっている」とのこと。川の流れからちょっと窪んでいて、小さな湾のような形。こうした地形から想像するに、少しずつ水が入り込み、周囲の石も巻き込みながら時計回りに回転し、長い時間をかけて地形を“やすって”きたのだろう。

「約1500万年前にこの秩父盆地は海から陸地へと変化しました。現在の伊豆半島は元々島だったのですが、下にはフィリピン海プレートがあり、そのプレートごと秩父方面へと向かいました。伊豆半島になったのが約100万年前ですが、秩父はその流れに押されて地中が上昇したんです。そんな歴史の“流れ”も、地層を見てみると証明してくれているんです」と北川さん。

 なんと「前原の不整合」では大きなカキの化石、シャコやカニなどの巣穴の跡を発見! 比較的浅い海の中で溜まった地層であることがわかる。大きな時間の隔たりがある2つの地層が重なる場所を「不整合」というのだが、この「前原の不整合」は約2億年~約1億5000万年前の秩父帯の岩と、先述した古秩父湾(約1700万年前〜約1500万年前)の岩が隣り合う神秘的な土地だ。国の天然記念物にも指定された、まさに“地球の歴史”を保存している場所である。

 地層の階層同士は斜めに線が入るように“ずれ”ているのだが、この“斜め”の理由については北川さん曰く「カツ丼を想像してみてください」とのこと。「カツ丼を手に持って揺らしてみるとお椀に対して中身のご飯とカツが斜めにずれたり傾いたりしますよね。宅配したときに雑に届けれたちゃったみたいな(笑)遥かな時間をかけて地層はそうやって動いているんですよ」。なるほど、と思いつつお腹が鳴る。

 次の停留場所は「前原の不整合」より若い年代の場所。ここでいざ化石採集へ。しゃがんで石を拾ってみると……いたいた! 

 石を割る作業は、かなり硬くて難しかった。川下りで川の流れ目を見るように、採掘のコツは石の“目”を見て、それに沿って削ること。とはいえ、化石を見つけるのは簡単だけれど採集するのは難しい。うっかりするとせっかくの石を崩してしまうから、メンバー全員が黙々と作業に集中した。コツンコツンコツン、という音が川辺に響く。実際の採掘調査の大変さも想像した。

 写真は貝殻の化石。僕らの生きる時間がわずかでしかないほど、長い長い時間をまとう小さなかけらの存在感に圧倒された。

「今回の岩石は水を含んでいるから硬いですね。本来の発掘ではもう少し乾燥した時期を狙います。ここに来るまでの川を下っていく過程で、実は礫岩(れきがん)をはじめ3種類の岩石が見られました。石が変化するということは、地層が変化している証拠なんです。地上は住宅やアスファルトで整備されているから、こうした変化はなかなか目にすることができない。川だからこそ、地形の繋がりを直に感じられて嬉しかったです」と北川さん。

じゃーん。この白い跡が貝の化石だ。

 今、立って歩く場所が海だった。秩父の雄大な自然の中で、ダイナミックな「地球の時間」と僕ら人間の小ささを感じる。地球の歴史で人間が主人公だった時間は短い。そんな“居候”な僕らも未来の標本になるのだろうか。ぐるぐると思いを馳せる。

 これから数千万年後の未来はどうなっているのだろう。そう北川さんに問うと「最終的には日本列島はプレートの影響で沈み込んで無くなることが予想されているんですよ」と笑っていた。

「実は今回は川に出てから気づいたのですが、パックラフト用の道具が一つ足りていなかったんです。化石を見に行くというイレギュラーな企画だったこともあり、“日常化”から少し外れた部分があったからなんですよね。反省です」と平井さん。僕も服装や飲み物の準備はしていたものの、財布を防水仕様にしておくことを忘れて千円札がビショビショに(ジップロックがおすすめです)。転覆する状況を考えていなかった自分への過信を反省するとともに、日常と違う状況を“日常化”することの大事さを感じる。と、記事らしいことをメモしたけれど、めちゃめちゃ楽しかった!

 最後はゴールの長瀞町へ到着。秩父地方の郷土料理「おっきりこみ」などを食べるため、濡れたお金を片手に定食屋さんへ駆け込んだ。