TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#2】来ちゃった、屋久島。
執筆:吉住
2026年6月16日
天気がいいというだけでスキップをしたくなる日が月に2度ほどくる。
その日も玄関のドアを開けた瞬間、心が弾けた。そうなったら、もうこっちのもんで。映画『イエスマン』ばりに両手を広げ、青空の下を表情筋フルMAXで駆け抜けたい衝動に駆られる。さすがに、ご近所さんの目もあるのでグッと堪えるが、こうなったわたしは誰にも止められない。いつもは安定志向のわたしも、この時ばかりは心の中で目ん玉をひん剥いたジム・キャリーよろしく、自分の中のブレーキがバカになって進むことしか出来なくなる。わたしがこうなる時は決まって太陽が照りつけているから、おそらく幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが分泌されて気分よくなっているだけなんだろうけど。こんなとっておきの機会を逃すなんてもったいない。
その日、幸せホルモンにおかされた脳で手配したのは、屋久島行きのチケットだった。
3ヶ月後。
わたしは縄文杉を目指す約10時間のトレッキングツアーに参加するため、乗合のバスに揺られていた。まさかこんなことになるなんて。ジム・キャリーが残していった置き土産にぶつくさ言いながらも、なんだかんだこの非日常体験に巻き込まれたことを悪くないと思っている自分がいた。その証拠に、リュックの中には20個ほどの携帯用トイレが所狭しと詰められていた。これはもちろん、一つには自分の膀胱に対する懸念があったためでもあるが、もう一つは、万一この携帯用トイレを誰かに譲ることになった場合、それは計り知れないほどの感謝をされるに違いないという下心があったためでもある。この携帯用トイレで覇権を握ってみせる、そんな他愛ない妄想にしばし耽っていると、ほどなくしてバスがスタート地点に到着した。
バスを降り、朝ごはんを食べつつ各々が出発に向けて気持ちを高めていると、名前が呼ばれ始めた。どうやら体力や歩くスピードを合わせるため同世代でグループが組まれるらしい。わたしも例に漏れず、30代の女性のグループに割り振られた。
メンバーは以下のとおり。(全員仮名)(敬称略)
・斉藤…山登りが趣味で見るからに運動神経抜群。口数は多くはないが穏やか。
・メグ…マミと一緒に参加。普段あまり運動はしない。
・マミ…メグとは趣味友達のよう。山登りの経験なし。 よく笑い、ノリが良い。
・山田…ガイド歴約30年超の男性ベテランガイド。見たところ60代前半。
この4人に、わたしを加えた5人で縄文杉を目指すことになった。登山経験者ばかりだったらどうしようかと心配していたが、それも杞憂に終わったようで胸を撫で下ろす。ガイドの山田に促され、互いに軽く自己紹介をする。これから10時間を共にする仲間だ。なにか不測の事態が起こった時は助け合わなければならない。そう思いながらも、少しぎこちなく挨拶を交わしていると、さすがベテランガイドの山田。軽妙なトークで笑いをとり、参加者の緊張をほぐしていく。わたしはその手腕に真正面から感嘆し、素直に“仕上がっている”と思った。思えば、山田と出会ってからここまで無駄なトークが一切ない。挟めるところがあれば積極的にジョークを挟み、とにかく手数が多い。まるで賞レース前の芸人のようではないか。ガイド歴30年というだけあって、場数も数えきれないほどあったのだろう。いろいろ試した末にこの形に収まったのが見てとれて、ツアーガイドも芸人も人を楽しませるという点では同じなのだと勝手に親近感を覚えた。
そして、わたしの順番が回ってくる。わたしは迷うことなくしっかりと前を見据え、自己紹介をした。「東京でOLをしています、ヨヒフミです」と。そう、わたしは芸人なんて名乗るつもりはさらさらなかった。なぜならプライベートだったから。人を楽しませるつもりも余裕も一切なかった。なぜならプライベートだったから。ただ、この芸人の素性を隠すという判断がのちのち効いてくることになるとは、この時のわたしはつゆぞ知らない。
山田から簡単な注意事項と説明を受けた後、みんなでストレッチをして、すぐに出発した。まだ朝の4時を過ぎた頃なのであたりは暗い。ヘッドライトで足元を照らしながら進むが、これがなかなか神経をつかう。屋久島が世界自然遺産で、その姿を遺すため余計な手は加えられていないこともあり、急に崖のような箇所が現れる。高所恐怖症の人がリタイアすることもあるというから驚きだ。そういうあれこれや屋久島のうんちく、山歩きのポイント、他にはロケに来た芸能人やお忍びで来た芸能人カップルのゴシップなど、山田の話は多岐に渡り、単調なトロッコ道でも飽きさせない話術があった。すこしだけ気になったのは、芸能人に対する口の悪さだったが、取るに足らないことに思えた。
出発から1時間。
適度に休憩を挟みながら、わたしたちのグループは順調に歩を進めた。ここに来て、山田が新たなフェーズに入る。休憩明けで前のグループを追い越す時、決まって「ごめんね、ごめんね〜!」と声高に叫び始めたのだ。そう、U字工事さんの持ちネタである。そんなお笑いもするのか。他にも、誰かが転けそうになると「ちっちゃいことは気にすんな!それ、ワカチコワカチコ〜!」と、近くにいるガイド仲間と声を揃えて息のあった団体芸まで披露してくれた。大盤振る舞いである。あまりにも乱発するので、芸人であることを隠して参加しているわたしへのなにかの示唆かと疑ったが、ただU字工事さんとゆってぃさんが屋久島で異常な支持率を得ているだけだった。東京から遠く離れた土地で改めて先輩たちの偉大さを知る。
出発から2時間。
みんなが、いい感じに打ち解けてきた。互いに持ち寄った飴を交換する中、わたしには配れるものがなかった。なぜならリュックのほとんどを携帯用トイレが占めていたから。携帯用トイレで一躍ヒーローになるはずが、誰よりも役に立たない人間になってしまっている。あとで聞いたら、「携帯用トイレはほとんど使わないよ〜」とのことで、本当にただのお荷物だった。
この頃になるとグループ内でも役割が明確になってきて、登山経験者の斉藤はサブリーダー的存在で頼りになり、メグは植物が好きなようで積極的に質問をする。マミはよく笑い、いいリアクションを取るのでグループのムードメーカーになった。山田もかなり気に入っているようで、休憩が明けるたびマミを指名し、自分のすぐ後ろを歩かせた。そして、わたしはというと、飴は貰う一方で何も差し出さず、誰よりも喋らず、ただグフグフ言うだけの俗物と化した。芸人である前に人間として終わっている。だが、そんな人間でさえ優しく受け入れてくれるグループだった。これはかなりいい思い出になる。そうトレッキングを楽しんでいた矢先、信じられないことが起こる。
『マミちゃん、ここの道細くなってるからその大きなお尻挟まないようにね〜!』
ん…?
一瞬、聞き間違えかと思った。
ここは世界自然遺産だ。
そんな言葉、聞こえてくるはずがない。
だが、山田はつづける。
『マミちゃんは足が短いけど、ここ跨げるかなぁ〜?』
聞き流そうとした。参加者全員。
皆が沈黙をつくり、うっすらと『NO』を突きつける。
さすがは30代。胆力がある。
だが、そんなことお構いなしの山田は畳みかける。
『あぁ、そんな大股で歩いちゃダメだよ。足短いんだからさ〜』
なるほど。そうか。
山田が本当にやりたかった笑いはこれか。
そこに気づいた時、参加者全員の表情が曇った。
どうするよ、これから…
なにより厄介なのは、
山田は“仕上がっていた”。この30年間で。
まだトレッキングは始まったばかり。
(To be continue…)
※マミの名誉のために。マミは普通体型で、どちらかといえば痩せ型です。
プロフィール
吉住
よしずみ|1989年、福岡県生まれ。2015年にデビューし、コンビで活動後、2016年からピン芸人に。2020年12月、「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝。「R-1グランプリ」では2021年、2022年、2024年、2025年に決勝進出。現在、「THE突破ファイル」「ウェル美とネス子。」(ともに日本テレビ)、「吉住の聞かん坊な煩悩ガール」(GERA放送局)、「ウエストランド井口と吉住の孤独アジト」(番組公式YouTube/テレ朝Podcast)、「REQ JAM」月曜レギュラー(JFN系)などに出演中。
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