ファッション
【#4】メキシコが好きだ!
2022年11月3日
photo & text: Saeko Takahashi
edit: Yukako kazuno
最後に。
メキシコの話をしようと思う。
いろいろな国の素材を使ってバッチを作っているが、そんなにいろいろな国に行ったことはない。バッチでよくお世話になっている国、アフガニスタン。ない。インド。ない。ウズベキスタン。ない。アメリカもないし、フランスもイタリアもハワイもない。だからどこかと比べることはできないけれど、やたら肌にあう国がある。メキシコだ。
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最初に行ったのは2003年。その少し前に、死者の日の写真を見た。見たこともない衝撃の光景だった。
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そしてフリーダ・カーロという人を知った。才能に燃えたぎっているように、若干芝居ががったようにも見える生き様に夢中になった。
ちょうど勤めていた職場をやめて時間があり、死者の日とフリーダの生家が見たくて一ヶ月使えるチケットを買った。飛行機からメキシコを見たときに山肌にへばりつくように建てられたカラフルな家が見えた。死者の日に通ずる、工作でできているような光景だった。
好きだ!
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わくわくしながら到着。なぜかすべてのトイレの便座がなかった。死者の日もフリーダの家もひと通り見た。想像の何倍も生々しく瑞々しかった。あー、来て良かった。タコスもうまい! 楽しかった! そこで終わるはずだったのだが、ここからなぜかなんやかんやあって、私はサン・ミゲル・デ・アジェンデという街に辿り着き、そこで1年半ほど暮らした。
仕事を得て、スペイン語の勉強をはじめて、家を借りた。メキシコは何もかもが大きくておおらかだった。いつも天気がいい。ブーガンビリアが乱れ咲いていて、ハカランダを桜のように愛でた。なんとなくスペイン語もできるようになり、いっちょまえに汚いことばも使った。
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両切りのタバコを吸った。だんだん食べるものが合わなくなっていった。人形劇団の仕事をし、めんどうな仕事は「日本人だから得意なはず」と押し付けられた。毎晩のように飲み歩き、突然そこにあった穴に落ちたりした。臓器の数以外は同じ星の人とは思えないほどの美男美女がいた。毎日、嗅いだことも聞いたこともない、感じたことのない感情に触れた。
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うれしい、たのしい、なんで、はらたつ、いいかげんにしろ、などなど。
この日々以来、私はメキシコへの感情にずっと浮かされているような気持ちでいる。ポップでモダンで非効率的、力強く勝手で騒がしい。メキシコは矛盾だらけで、はっきり憎んでいるところもある。しかしそれでも、私はこの国がたまらなくずっと好きだ。優しいから。そう、メキシコはどこか優しい。そこにいていいという優しさがある気がしている。その優しさが問答無用で肌に合う。そしていつだってチャーミングで愉快。とてもとても肌に合う。
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そして、私は今、外国のような場所で暮らしていて隣には外国人の老夫婦が住んでいるのだが、彼らの洗濯もののにおいが、メキシコで使っていた粉の洗剤と同じなのだ。引っ越してきてちょうど2年。その漂ってくるにおい(決して香り、ではないもの)を嗅ぐたびにメキシコを思い出した。この家の更新を済ませて、2年間お隣から漂ってきたメキシコを思い起こさせるチープなにおいに導かれて、2週間ほど前、チケットを取った。
この文章を書き終わって、私は来週、メキシコに行く。1週間後、この1ヶ月の連載が終わったときにきっと私は今度はメキシコで同じ洗剤のにおいを嗅いでいると思うと興奮を抑えきれません。あの便座のないトイレも。一回でいいタコスも。
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プロフィール
高橋彩子
たかはし・さえこ | 1977年生まれ。2003年、メキシコへ。メキシコ人女性に師事し、人形劇の制作に携わる。2010年〈アッチコッチバッチ〉を作りはじめる。2020年作品集『Bacchi Works』発表。2022年、金沢市民芸術村にて、「アーティスト・イン・レジデンス」に参加。個展、 ワークショップ多数開催。
https://www.instagram.com/bacchiworks_saeko/
Official Website
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