
国立映画アーカイブの所蔵品のうち、映画フィルムは相模原市にある専用の保存施設に収められますが、宣伝用のスチル写真やプレスシート、ポスター、映画人の遺品などが眠る保存庫は、東京は京橋本部ビルの地下深く。地底で耳を澄ますと、東京駅の地下ホームを出た京葉線の列車の音がかすかに聞こえます。ここのホールで映画をご覧になる方は、自分の真下に俳優志村喬さんの遺品があるんだなと思いながら観てみませんか。
映画の資料というのは、みな気さくな連中です。大変な点数なので(写真だけで76万点以上…)いちいち挨拶はしませんが、引き出しを開けるたびに「こんにちは」とか「久しぶり」と言ってるつもりです。日々カテゴリー別の担当カタロガーが「新入り」たちを分類し、リストを作り、データベースに登録し、番号を振り、保存庫に収めてゆきます。
実は暴れん坊もいます。その典型が、巻き癖のついたポスターです。こいつらは広げてもすぐ、全身の力を込めて丸まってきます。紙資料は平たく保存するのが原則なので「フラットニング」という作業をするのですが、物によっては半世紀以上民家や倉庫の隅で丸められたままだったわけで、悪魔的なパワーで私たちの作業を拒みます。たった一枚の紙をおとな二人で押さえつけても、四隅の重しをはねのけてそのカドに腕をはたかれた日には、不良生徒を前にした中学教師みたいな気分(知らんけど)にもなります。

なかなかいい経験をした連中もいます。カナダ最大級の映画アーカイブであるシネマテーク・ケベコワーズが、なんと日本の成人映画の特集上映をするそうで、同時にピンク映画のポスター展も開きたいと言ってきました。当館には、戦後日本映画界の基本フォーマットであるB2判ポスター専用の輸送ケースがあります。展示額装の会社に特注した木製の箱で、黄色くてかわいい。これにこの連中を入れて送り出しました。「まさか君らがご招待でカナダ旅行とはね」。やがて彼らはモントリオール市民にしこたまカルチャーショックを与えて(推測)帰ってきました。以降もこの木箱は、日本の映画ポスターアートに一時代を築いたATG(日本アート・シアター・ギルド)のポスター展などで活躍しています。


今日も、映画資料の校長(?)とカタロギングの担任教師(?)たちが、もう保存場所なくなるんじゃないですか?という不安に悩みながらも、優しい心で新しい資料を受け止めています。