カルチャー

珍妙な映画を探して、ケープハイラックスに出会う。

国立映画アーカイブ 研究員4名によるリレー形式コラム(担当・玉田健太)#1

2022年1月26日

text: Kenta Tamada

国立映画アーカイブの長瀬記念ホール OZU

 僕の所属する上映室は、普段は上映企画を考えたり、作品解説の載ったチラシを作成したりしている。だが、上映に合わせて伴奏などを行うサイレント映画の特集では、上映時に数名がホール内の席に座り、不測の事態に備えている(以前、ふとしたはずみで暗闇に楽譜が散らばるなどあったらしい)。登場人物のセリフや感情を伝える活動写真弁士や、伴奏者の素晴らしいパフォーマンスを見ることができるので、我々にとっても楽しみな企画だ。そして、同僚からはすでに気づかれていると思うのだが、僕はこの企画に珍妙な映画を紛れ込ませることに喜びを感じている。

 2019年のサイレント映画企画 を考えていたときのこと。所蔵作のなかから外国映画でやることに決めていたのだが、有名作はすでに何度も上映しているので、何か意外な作品もと考えていた。なので、所蔵作を検索していてふと目にした、『テンビ』(1929、チェリー・キーアトン監督)というイギリス映画に興味をひかれた。全篇アフリカロケの映画で、火山噴火の予兆を察知したイングティ氏が、家族とともに安全な土地を探す旅に出る、という物語らしい。

 試写して見てみたところ、物語はあってないようなもの。映画の実際の売りは、道中で一家が出会うキリン、象、ワニ、ライオン、猿、蛇など、正真正銘の野生動物のドキュメントだ。試写を見た上映室スタッフ3人とも、あまりに見事な記録映像にびっくりして興奮し、沼に浸かるカバに向かって喝采を送っていた。

カバ(『テンビ』より)

 さて、弁士は活動写真弁士の坂本頼光さん、伴奏は坂本真理さんにお願いした。物語はうっすらとあるだけで、ひたすら動物が登場する映画を、弁士の方にお願いするのは無茶ぶりだと思っていた。思ってはいたが、気づいていないふりしてお願いした。頼光さん、動物の解説も交えながら、イングティの動物を目にしたときのワクワクとした好奇心を観客にも追体験させる名説明だった。真理さんは事前に上野動物園で動物たちを観察して臨まれ、関ジャムにそのまま出演できそうなくらいの、楽器なのかどうかもわからない楽器を大量に準備くださった。登場する動物に合わせてこれらを次々に演奏する真理さんの演奏風景も、客席の明かりをつけてお見せしたいくらいだった。

当日使用した楽器たち(写真:坂本真理さん)

 ご覧になった観客のみなさまはどう思われたのだろうか。たまにはこういった意外作を、名高い作品とともに上映していきたいと思っている。有名作はいま上映しなくても、いつか誰かが上映するだろうけど、データベースで偶然目にとまった作品はこれを逃すと長らく上映の機会がないかもしれない。傑作とされる作品だけに限らずに、あらゆる映画を保存し、皆様にお見せする機会をつくることがフィルム・アーカイブの重要な役割である。ということで、つぎは主人公とヒロイン役だけチンパンジーが演じている作品などどうだろうか、などと今年の企画を考え始めている。

ケープハイラックスと思われる動物の一家。続々と登場する(『テンビ』より)

プロフィール

国立映画アーカイブ

映画の保存・研究・公開を行う国内唯一の国立映画機関。東京の京橋本館では、上映会・展覧会をご鑑賞いただけるほか、映画専門の図書室もご利用いただけます。相模原分館では、映画フィルム等を保存しています。学芸課には映画室、上映室、展示・資料室、教育・発信室があり、第1回目のコラムを担当したのは、上映室の玉田健太。

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