TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】私の影に男あり

執筆:浅野順子

2026年5月6日

4人目の男
70代からは限界まで楽しむ

彼とはどこで出会ったのかしら?
ずいぶん昔からそばにいたような妙な感覚もありますけど、正確にはまだ1年しか共に歩いていないので出会ってホヤホヤの関係なんですよ。
そうそう、「4人目の男」とはマネージャーさんのことなんです。笑
私は75歳で初めて自分にマネジメントを必要としました。主婦から画家になり、それ以上の活動をやりたいと考えたとき、一人では限界を感じていたんです。協力してくれる人がいてくれたらいいなぁと思っていたところに、彼が現れたのです。
そもそも彼はマネージャー業をやっていたわけではなく映像会社を営みながらアート・キュレーターをしておりました。後に彼から聞きましたが、昔から私の絵のファンで神田で個展をしていた時代にも実は見にきてくれていたのです。不思議なご縁を感じますね。
そしてある仕事をきっかけに私たちは流れるまま自然とタレントとマネージャーの関係になりました。
その時期は彼も新しい事業展開を考えていたので、お互いちょうどいいタイミングだったんですよね。

物語の始まりは、例の場所からでしたね。
以前お話した私の松見坂のお店『come on people』は別のBARに変わるのですが、そのお店で彼と偶然居合わせるのです。彼は会うなりいきなりおもしろいことを言うのですよ。

「順子さん!僕と渋谷のギャラリーで浅野順子の個展開催しませんか?!」
「やる!!」

即決しましたよ。だって『YUGEN Gallery』という大きなギャラリーで、何メートルもある真っ白な壁に挑戦できるなんて、想像しただけでもうワクワクしましたよ。それから毎日のようにキュレーターの彼と個展の構想と作品作りに没頭することになりました。
作品数は30点以上でしたね。
そういえばこのとき、私が次から次へと新作を仕上げるもんだから、そのスピードに彼は驚いてましたね。私、絵を描くのと歩くのはすごく速いの。笑

この個展での体験は一つのステップアップになりましたね。
それまではいわゆるギャラリーらしいギャラリーでは行わずにテーマにぴったりくるお店を選んで開催してきました。私ひとりではなくキュレーターとスタッフとみんなで個展を開催する楽しみはまた別で新鮮でしたね。一人の世界も大好きだけど、みんなで開催したから味わえる感動もありましたね。設営も宣伝もみんなが努力をしてくれたから、一枚も絵が売れなかったらどうしようという不安感もあったりで、それも含めて私は楽しい時間を体験できました。
来場者数は150…200人くらいだったのかな? もっとだっけ?
個展の度に、息子の忠信も、孫の菫も、旦那も、大切な仲間たちが来てくれるんです。作品がお嫁に行くのも喜びですが、来てくださった初めましての皆さまとのふれ合い、かけがえのない時間を過ごせるのが個展の一番の楽しみですね。
そろそろ「浅野順子 個展」やらないとね。お知らせ楽しみにしててね!

それから個展を終えて仲良くなった彼のところへ、ある日、一本の電話がかかってくるのです。

「順子さん!あのブランドの〈LOEWE〉がモデルをお願いしたいって連絡がきましたよ!」
「えー!おもしろそう!」
「僕が付き添いますから一緒にお話を聞きにいきませんか?」
「うん!お願いね!」

この〈LOEWE〉さんからの素敵な一報により、この日、浅野順子にマネジャーが誕生したのでした。
75歳にしてモデルを始めることになりましたが、ブランドの皆さまが、この歳の私を素のままで扱ってくれますからこんなに嬉しい職場はないですよ。本当に私でいいのかな?って毎回思いますけど、いままで生きてきたことを評価してもらえたような気もして、きっと私にしかできないことがあるのかなって思いながら活動してます。見てくださった方から「かっこいい!」「憧れます!」って言葉もいただくので、やって良かったーって、皆さまの言葉は本当に励みになりますよ。
やればやるほど、モデル業、俳優業、芸能活動から学ぶことはたくさんありまして、初めて体験することばかりでいつもワクワクしてます。休憩や楽屋でスタッフの子たちから人生相談されるのも好きな時間で、みんな孫みたいでかわいいから、つい真剣に相談に乗っちゃったりしてね。
あとね、こんなにも多くの若い女性が第一線でアートとファッションを創造していて、毎日忙しく働いていることも現役で現場にいないと知ることはできないですよね。
いまの働き盛りの子たちはお洒落で心があたたかくてユーモアもあってしかも才能に溢れた人が多いですよ。私の孫たちもですが、とても楽しみですね。
それから、黒柳徹子さんやコシノ ヒロコさんにお会いできたのも芸能活動を始めたおかげですもんね。
彼女たちは、新しいこと楽しいことを常に考えていて吸収してきたことを仕事に活かしてます。キラキラの笑顔も魅力的で、本当に力をもらいますよ。私もがんばらなくっちゃ。

私は、声をかけられたらできることは全て挑戦します。

私の限界まで、マネージャーの彼と一緒に楽しいことをやれたら嬉しいです。

読者の皆さま、私のつたない文章をお読みくださりありがとうございました。
70代、限界まで楽しんで活動して参りますので応援よろしくお願いいたします。

またね。

順子

プロフィール

浅野順子

あさの・じゅんこ|画家、モデル、俳優。1950年、神奈川県横浜市生まれ。日本人とアメリカ人の両親をもつ。俳優・浅野忠信の母親。
モデル・俳優・画家として活躍する佐藤菫(SUMIRE)とミュージシャン・俳優の佐藤緋美(HIMI)は孫にあたる。
60歳を過ぎてから独学で絵画を描き画家としてのキャリアをスタート。
63歳のとき、初の個展「Willma Asano Junko」を開催。以降、多くの発表の場を設けている。
75歳でモデルと俳優を始める。
高齢の現役モデルとしてファッションや生き方に幅広い年齢層から注目を浴びている。

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