カルチャー
〈ジル サンダー〉クリエイティブ・ディレクター、 シモーネ・ベロッティさんの東京レコードディグ紀行。/前編
2026年4月17日
photo: Kazufumi Shimoyashiki
text: Katsumi Watanabe
edit: Shigeru Nakagawa
2025年、〈ジル サンダー〉のクリエイティブ・ディレクターに就任したシモーネ・ベロッティさん。一体彼はどんな人物なのか? 世界がその動向を見守るなか、就任早々手掛けたのは、電子音楽家のボカム・ウェルトによる楽曲「Wanderlust」のミュージックビデオだった。さらに同作の音源を12インチレコードとしても発売するなど、音楽的なアプローチを推し進めるシモーネさん。自身もかなりのミュージックフリークで、来日する度にレコードを掘りまくっているという。そんな話を聞きつけ、滞在中の彼をレコードハンティングに誘ってみた。提案したのは、シモーネさんが愛聴するアンビエントを取り揃えるレコードショップ〈Kankyo Records〉だ。
マンションの一室で、住環境におけるリスニングをテーマにしたレコード、CD、カセットテープを揃える。◯東京都世田谷区上馬1-35-13 ロイヤルアークガーデン107号 ☎︎ 03-6875-3181
お店に到着するや、入り口に用意されたスリッパに目もくれず、レジへ直行。店主のH.TAKAHASHIさんへ、iPhoneのウォントリストを見せながら、「ススム・ヨコタさんの『Sakura』(1999年)というアルバムを探しています。在庫ありませんか?」と切り出すシモーネさん。
「数年前、日本のレコードストアで、ヨコタさんの『Symbol』(2004年)を見つけて以来、すっかりファンになりました。一聴すると、美しい現代音楽ですが、よく聴いてみるとエレクトリックミュージックの影響も感じられて、とても好みなテイストです。そこから彼の作品を調べるうちに、アンビエント作品も手掛けていることを知り、それが『Sakura』でした。随所にアジアのテイストを感じさせる、繊細な電子音楽です。ヴァイナルを探しているのですが、なかなか見つからなくて……」
残念ながら『Sakura』はなかったものの、H.TAKAHASHIさんから、お店に入荷したばかりのススム・ヨコタ『Boy And Tree』(オリジナルは2002年)と、『Image 1983-1998』(オリジナルは1998年)のスペシャルエディションが手渡された。驚きと喜びを交えた表情を浮かべながらも「試聴させてもらえますか?」と、一旦冷静になるシモーネさん。レコードディッガーとしての強固な顔も見せる。
「この『Boy And Tree』は素晴らしい! フィールドレコーディングの雰囲気やディジュリドゥの低音も漂っていますが、静かで、美しいカリンバで奏でたようなメロディも鮮烈ですね。そして『Image 1983-1998』は、オルガンとギターのサウンドスケッチで、ヨコタさんの根源的な才能を感じることができる。穏やかで、かつ実験的なセンスが際立っています。両方とも買います!」
2枚即購入。判断は早くて的確だ。さらに店内を見廻し、吉村弘『Soundscape 1: Surround』や、エチオピアの修道女でピアニストのエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの作品といったセレクトを目にして、すっかり〈Kankyo Records〉を気に入った様子。
そんな折、H.TAKAHASHIさんのおすすめとして差し出されたのが、ピアニストの柴野さつきによるエリック・サティのピアノ独奏曲集『Wave Notation 3: Erik Satie』(1984年)。これを聴き、思わず「何かが違う!」と動きが止まるシモーネさん。このレコードは、吉村弘『Soundscape 1: Surround』をリリースした芦川聡主宰レーベルの〈Wave Notation(波の記譜法)〉から発表された作品と明かされる。
「サティの音楽は、極めてシンプルなピアノの楽曲ゆえ、どの演奏にも独特の空気感が含まれています。ただ、この作品は録音の状態もあるせいか、すごく耳心地がいい。(クレジットを見て)スタジオのクレジットは掲載されていないようですが、このレコードはスイスの〈WRWTFWW〉が新たにリイシューしたものなんですね。日本のアンビエントなどを積極的に発掘しているレーベルなので、納得しました。これも買います!」
さらに、水槽のなかにマイクとスピーカーを取り付けた「ウォーターディレイシステム」で録音された、イノヤマランド『Danzindan Pojidon』(1983年)のリイシューを聴きながら、「このプロデューサーの細野晴臣さんは著名な方なんですか?」と、少し意外な質問が飛ぶ。
「Y.M.O.のベーシストなんですか!? 坂本龍一さんは大ファンで、何枚もレコードを持っていますが、細野さんは知りませんでした。Y.M.O.以外にも電子音楽やアンビエントの作品を残しているんですね。これは大発見です! また探すものが増えたことを嬉しく思います」
H.TAKAHASHIさんのリコメンド。左から、芦川聡『Wave Notation 2』、柴野さつき『Wave Notation 3: Erik Satie』、イノヤマランド『Danzindan Pojidon』、そしてシモーネさんがキープしたススム・ヨコタ『Boy And Tree』。
純粋な音楽への興味が止まらないシモーネさんだが、そもそも今回の来日はジル サンダー 銀座で開催されているポップアップショップ「RECORD KIOSK – JIL SANDER SOUND PRESENTS CISCO RECORDS」に合わせたもの。レコードファンをざわつかせたCISCOの復活劇だが、シモーネさんはその存在を知っていたのだろうか。
「私が初めて日本へ来たのは2008年ごろ。当時からレコードストアは回っていましたが、もうすでに〈CISCO RECORDS〉は閉店していたそうです。どんなお店だったのか調べたところ、ダンスミュージックを中心に、アンビエントやエレクトロニカなどのセレクションも充実していて、かなりマニアックなレーベルまで買い付けていたそう。そうしたニッチで、丁寧なセレクションは、この〈Kankyo Records〉のようなお店にも影響を与えていると感じます。私の出身地であるイタリアも昔は多くのレコードストアがありましたが、今は少なくなっています。文化がうまく継承されなかったのかもしれませんね。正直、東京が羨ましいです(笑)」
ポップアップでは〈CISCO RECORDS〉のスタッフが厳選したレコードにくわえ、「JIL SANDER Select」コーナーも展開されている。「私の好きなエイフェックス・ツインやブライアン・イーノといったレコードもセレクトしています。是非、チェックしてみてください」。
有名無名問わず、音楽への深い愛が感じられるシモーネさん。次回は自身の音楽遍歴を語ってもらった。
プロフィール
Simone Bellotti
シモーネ・ベロッティ|イタリア・ミラノ出身。ドルチェ&ガッパーナやボッテガ・ヴェネタなどでキャリアを積み、グッチで16年間に亘り活躍。バリーのクリエイティブ・ディレクターを歴任後、2025年3月にジル サンダーのクリエイティブ・ディレクターに就任。
インフォメーション
RECORD KIOSK - JIL SANDER SOUND PRESENTS CISCO RECORDS
ジル サンダー 銀座のアートスペースに、3月28日から5月10日までの期間限定レコードショップとして〈CISCO RECORDS〉が復活。〈CISCO RECORDS〉によるセレクションの他、〈JIL SANDER〉のセレクトコーナーも設置。またレコード購入者には、2026年秋冬ショーの楽曲を担当したローレル・ヘイローの音源を収録したソノシートとオリジナル制作のZINEのセットを配布する(無くなり次第終了)。ジル サンダー 銀座 ◯東京都中央区銀座3-4-1 ☎︎03・3528・6278
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