カルチャー

「自由という名の街」のはなし。/第4話:ピーター・バラカン

2026年7月5日

photo: Naoto Date
text & edit: Kosuke Ide
cooperation: Miu Nakamura

何だかとらえどころがない、でもここにしかない何かがある。
POPEYE Webが愛する街、東京・自由が丘を語るインタビュー連載!

ピーター・バラカンさんも訪れる、音楽好きが居心地よく音に浸れる奥沢「カフェ ラジオプラント」にて。この日は店主の奥田さんとのSP盤談義に花が咲いた。

誰かに教えてもらわないと気が付かないような店が
いっぱいあるのがいいですよね。

 1981年の秋、僕はYMOのマネジメントの仕事をしていて、住んでいた青葉台から乃木坂のオフィスまで通っていましたが、結婚することになり新しい家を探していたところ、高橋幸宏が「都立大学がいいよ」と勧めてくれたんです。彼はその頃、自由が丘3丁目に住んでいたので。それで女房と一緒に都立大学駅に行って、目の前にあった不動産屋に飛び込んで、最初に案内された八雲のマンションを借りた。早いですよね(笑)。でもそれ以来、八雲の中で数回引っ越して、子供も生まれ、最終的にはそこから歩いて数分の場所に家を建てた。もうずっと自由が丘周辺に住んでいて、今年で45年になります。

 住みやすいんですよね。特に都立大学駅は急行が停まらないこともあって、あまり開発されていないし。その頃はまだ都立大学のキャンパスがあって、学生も多かったですよ。駅前に今も営業している古い酒屋があるんですけど、当時はその店の奥に「角打ち」があったんです。そこは労働者から学生、大学の先生まで色々なお客さんが混じっていて、缶詰をつまみに一杯引っ掛けていく……という感じでね。今の東京では下町の方まで行かないとそうした光景を見ることはできませんが、その頃はまだこの辺りにもそんな雰囲気が残っていたんです。

 家族で食事するときはたいてい、自由が丘でした。今はもうない『南国飯店』という円卓で食べる老舗の中華料理店があったんですけど、その向かいに英語の絵本を売っている書店があって、そこに子供と本を買いに行った後、中華を食べるというのが定番でした。あと、生のギネスを飲ませるアイリッシュ・パブ(「オ・カロランズ」)があって、一時期けっこう通いました。歩いて行けるし、音楽も流していて気持ちいい店だった。蕎麦屋の『山久』もなくなったし……いい店がたくさんなくなってしまいましたね。

 この前アメリカ人の知人が奥沢に引っ越して、彼は自由が丘で新しい店をどんどん開拓して、僕も知らないような店に連れて行ってくれるんです。最近行ったのは、「自由が丘デパート」の2階にあるペルシャ料理の店(「サバラン」)。中東出身の店主の方がやっていて、なかなか美味しかった。そんな風に、誰かに教えてもらわないと気が付かないような店がいっぱいあるのがいいですよね。

 上品で素敵なレストランもたまに行くのはいいですけど、普段はあまり緊張しないような場所が好きですね。それは自分が生まれた時代もあるんじゃないかな。50年代、戦争が終わって6年しか経ってなかったから、ロンドンの生活も素朴で質素でした。子供の頃は外食なんて滅多にしなかったですよ。高校生くらいになると店に出入りし始めましたけど、お金もないし。でもイギリスにはパブの文化がありますからね。そんな庶民的な店に馴染みがあります。

 東京に来たのは70年代半ば、最初に働いたのは神田で、その頃も安い学生向け食堂とかそば屋などでいつも食べていました。70年代の終わり頃には渋谷の東急ハンズの脇に『壁の穴』ができて、当時としてはかなり斬新なスパゲッティで、好きでした。今の自由が丘なら「メルサ」の中にありますよね。ときどき行きますよ。僕はいつも「明太子とアオリイカ•青しそ」(笑)。

 自由が丘みたいに適度に洗練された雰囲気がありながら庶民的なムードが残っている、その両方を兼ね備えた街ってなかなかないですよ。だから、安易な商業主義の再開発はしてほしくないですね。「ジェントリフィケーション」という言葉もありますが、没個性の街になってしまうと、自由が丘独自の魅力がなくなってしまうから。偽善的なことは言いたくないですが、過去の良さを殺さないでほしいな、と思います。

 僕は音楽の世界でもラジオやテレビを通して、これからの若い人に過去の時代の作品に触れてもらいたい、繋いでいきたいと思っていて。先日、テレビで僕の番組を親子で見たという若い人がいて、彼にも「昔の洋楽も魅力があるね」なんて思ってもらえたみたいで、嬉しかった。例えばこのカフェ「ラジオプラント」には真空管のラジオがたくさん置いてありますし、良いオーディオで新旧の音楽が聴ける。最近はジャズ喫茶が外国人観光客にもすごい人気だそうですね。そんな歴史ある文化に触れられる環境があることが、とっても重要なんですよ。

プロフィール

ピーター・バラカン

1951年、ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在はフリーのブロードキャスターとして活動。「バラカン・ビート」(インターFM)や「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)ではラジオDJとして自身が愛する古今東西の音楽を紹介。近年は音楽フェスティヴァル「Peter Barakan’s LIVE MAGIC!」、音楽映画を上映する「Peter Barakan’s Music Film Festival」のキュレイターを務めている。

Official Website
https://peterbarakan.net/

Instagram
https://www.instagram.com/petebarakan/

今回の撮影場所

カフェ ラジオプラント

自由が丘駅正面口から徒歩6分、奥沢の住宅街に潜む素敵なカフェ。店内にはオーディオ好きの店主が趣味で集めたヴィンテージの真空管ラジオと音楽関係の書籍が並び、良い音でジャズがかかる。じっくり丁寧に淹れた水出しコーヒーも美味しい。◯東京都世田谷区奥沢7-7-21 Casa Abierta 1F ☎︎03-5706-0118

Official Website
https://www.facebook.com/radioplant/