TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#4】縄文杉を見飽きた男
執筆:吉住
2026年6月30日
ふと思い立って一人、屋久島へ向かったわたしは、約10時間の縄文杉トレッキングに参加し、同世代の3人の女性・斉藤、メグ、マミ(仮名)と同じグループになった。
ベテランガイドの“NOコンプラノンデリ野郎・山田”の執拗なまでの攻撃にジワジワとHPを削られていく。果たしていい思い出として旅を終えることはできるのだろうか。(※これまでのいきさつは【♯2】【♯3】にて)
縄文杉に向かって歩いていると、山田が立ち止まり振り返る。
攻撃が、くる。
ヤツは口元でニヤリと笑い、『マミちゃん。これ、夫婦杉。触っといた方がいいよ〜!ご利益もらわなきゃ!寂しいんでしょ〜?』
すごい。昭和の価値観で平成生まれをタコ殴りにしてくる。
既婚者かもしれないのに。もしかしたら素敵な恋人がいるかもしれないのに。
決め付けている。パートナーなんているわけがない、と。そして、独身は不幸だと決め付けている。
山田からすると、30代で自然を見にくる女なんてのは全員不幸に決まっているらしかった。
犬猿の仲。
水と油。
山田と30代女性。
この世の禁忌が新たに加わった。
だが、それにしたって、山田の体力はどうなってるのだろうか。攻撃の手が緩む気配がない。
聞くと、山田はもう何千回と登っており、縄文杉なんて見飽きているらしい。
なるほど。体力が無尽蔵である理由に納得する。そして、山田は得意げに続ける。
『縄文杉なんて見なくても、今見えてる屋久杉とそんな変わんないよ〜』
すごい。ここまで来ると、逆に新鮮で楽しい、まである。
だって、絶対にガイドが言っちゃいけないことを言っている。
わたしは、今、とんでもない場に遭遇できているのかもしれない。
そんなふうに意識をお花畑方向へ飛ばしていると、いつの間にか“パーソナルディグのメグ” が金脈を掘り当てたようで、山田が家族の話を饒舌に語っていた。こちらをイジることも忘れて。
『母ちゃんによく怒られるんだ』という山田にみんなが「そうでしょうね」という言葉をホルモンくらい飲み込みづらそうにしていたので、代わりに「へー」と気の抜けた音を出す。
代わるがわる「ふひぃ」「ひゃぁ」「ほぉぉん」と、“は行”に身を委ねた音で空気を揺らし、山田を満足させた。
知らない登場人物たちの与太話が何分何十分と続いた。
縄文杉が眼前に現れた時でさえ。
そう。縄文杉に到着してからも尚、山田は家族の話を続けた。母ちゃんとの馴れ初めを少し照れくさそうに悪態をつきながら喋っていた気がする。やりたい放題すぎやしないか。
この頃になると、わたしたちはもう山田をガイドとして、あてにしてはいなかった。
その期待に応えるように、山田も縄文杉について解説することはなかった。
わたしたち4人は、近くにいた修学旅行生を引率しているガイドに狙いを定め、解説の音漏れを盗み聞いた。右耳を必死にそばだて、左耳から入ってくる山田の声を遮断しながら。聞き取れないところは互いに補完し、聴力を最大限駆使して。だが、いいところで山田が写真を撮ろうと言い出す。邪魔しかしない。キングボンビーくらい仕事をしている。
そして、縄文杉をバックに5人で写真を撮った。写真を確認しようとした時、『そんなことしてる時間ないない!もう降りるよ!』と、ボンビーが告げる。余韻がない。風情も侘び寂びも、旅先で感じたいものが何ひとつ。けど、そりゃそう。なんたって、山田は縄文杉に飽きている。
みんなが下山に向かいかけた時、懐かしい声がした。
「4人でも撮りたい!」
マミだった。久しぶりに聞いたマミの声は、記憶よりも凛としていた。
マミの気持ちは手に取るように理解できた。
だって、この旅を見返した時、“山田がいないver.”も絶対に欲しい!できる限り、記憶から消せるように。
山田は気怠そうにカメラを受け取り、雑把にシャッターを切った後、そそくさと山を下り始めた。
出発から5時間。
縄文杉から少し下ってきたところで休憩をしている。やっとここまでで半分。あり得ないことだが、あの後、わたしたちは山田を撒こうとした。だが、必死の抵抗虚しく、キングボンビーはずっとわたしたちに憑いてきた。精神的な疲労がここで押し寄せてくる。
すると、山田が声をかけてきた。『どれにする?』
もう、お前に付き合う体力は残ってないぞと顔を上げた瞬間、カップスープやラーメン、惣菜パンなどが目に入る。着ているポケットからお菓子や飴が大量に出てくる。まるで、田舎の村をたった一店舗で支えている商店並みの品揃えの豊富さで、目を見張る。他にも、貸出用の上着や靴下がリュックにパンパンに詰まっている。山田の装備はほとんどが参加者の為のものだった。
おまっ…!!ガイドだったんだな!!!!!
携帯用コンロでお湯を沸かし、カップスープに注いでくれる。久しぶりの温かいごはんは、とてつもない力を与えてくれる。心も体もグングン回復していく。極め付けは、『コーヒーもあるよ』。
なんだ、悪い奴じゃないじゃん。いい奴じゃん。
自分でも簡単だと思う。だけど、こういう優しさはどうしても沁みる。
パンだけでもいろんな種類を用意してるところを見たら、あんたのサービス精神を責めることできないよ。
出発から7時間。
そんな時、どこからか声がする。
「あっ!サルがいるよ!」
見上げると、木の上に小猿がいる。愛らしい。
そうなってくると、鹿も見たい。唯一心残りがあるとすれば、鹿を見れていないことくらいか。
だがここで、奇跡が起こる。
ほどなくして取った休憩の最中に、鹿が現れたのだ。
「あ。鹿だ…!」「本当だ…」「かわいい!」「本当に見れた…!」
この奇跡的な瞬間を1秒でも長く目に焼き付けたい。
みんな思いはひとつだった。
だが、つんざくような言葉が耳に飛び込んでくる。
『お〜い!食べちゃうぞ〜!!』
山田が両手を大きく広げ、威嚇するようなポーズをとりながら笑顔で叫んでいた。
鹿はあっという間にわたしたちの視界から消えた。
周りのグループは引いていたが、わたしたちは笑った。もう笑うしかなかった。
だって仕方がない。山田は屋久島に飽きている。
出発から10時間。
やっと帰って来た。わたしたち帰って来れたんだ。
最終的にわたしは生け贄としての自覚が芽生え、山田の後ろを死守した。みんなが無事帰るためには自分が犠牲になるしかない。
みんな、山田のせいで体力もメンタルもボロボロだった。だが、わたしだけは、グフグフ言うだけの気味の悪い人間であったため山田からの攻撃を免れていた。ピッタリ山田の後ろにつき、なにか冗談を言いそうになったらプレッシャーをかけ、良からぬ問いかけには聞こえぬふりをして無視を決め込んだ。こんな戦い方、芸人とバレていたら出来なかった。最初に名乗らなかったのはなかなかのファインプレーだったと思う。そのせいで、いじりの対象となってしまったマミには悪いが。
その戦い方が功を奏したのかは分からないが、わたしたち4人は無事帰ってくることができた。この4人だったからこそ帰って来れた。
「4人で写真撮ろう!」
当たり前に山田を抜いて写真を撮った。
お互いの健闘を讃えあうように、満面の笑みでカメラを見た。その瞬間、なぜか背中を嫌な汗が伝う。
なんだ?
なにか見覚えのあるものが……あ。
あれは、ステッカーだ。吉本興業の芸人が描かれたステッカー。
マミのスマホの裏には【ダイアン】さんのステッカーが挟まっていた。
メグのスマホの裏に【男性ブランコ】さんのステッカーを見つける。
たしか、この2人は趣味友達だと言っていたはず。
もしかして、知っていたのか…? わたしが芸人だって。10時間ずっと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりに屋久島の写真を見返した。一応写真は何枚か撮っていたはずなのに、山田込みの写真は一枚しか保存されていなかった。
それに、みんなの顔も覚えていたような顔ではなかった。記憶なんてものは当てにならない。
3週にも渡って書いてきた最後に言うことじゃないね。
でも、また、こんなかけがえのない経験をしたいから旅行をしよう。
プロフィール
吉住
よしずみ|1989年、福岡県生まれ。2015年にデビューし、コンビで活動後、2016年からピン芸人に。2020年12月、「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝。「R-1グランプリ」では2021年、2022年、2024年、2025年に決勝進出。現在、「THE突破ファイル」「ウェル美とネス子。」(ともに日本テレビ)、「吉住の聞かん坊な煩悩ガール」(GERA放送局)、「ウエストランド井口と吉住の孤独アジト」(番組公式YouTube/テレ朝Podcast)、「REQ JAM」月曜レギュラー(JFN系)などに出演中。
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