ファッション

いつかはオーダーしたいね。

桑田悟史さんに教えてもらった、サヴィル・ロウのはなし。

2026年6月25日

WHOLE CITY BOY CATALOG


illustration: Hhinji Abe, Dean Aizawa(portrait)
edit: Rui Konno
2026年7月 951号初出

 背広の語源でビスポークの頂点。いつかはサヴィル・ロウで……なんて憧れはあるけれど、やっぱり不安。そんな僕らに「値段は張るけれど、本来のサヴィル・ロウってもっと一般的なものですよ」と話してくれたのは気鋭ブランド、〈セッチュウ〉を手掛ける桑田悟史さんだ。二十歳で渡英し、名門〈ハンツマン〉で働き、実際に現場を見てきた桑田さん。ただ、当初は仕事の当てすらなかったそう。

「英語も話せず、仕事を得るまでの3か月間は『ハリー・ポッター』をひたすら観て言葉の勉強をしましたね(笑)。そんな僕が働いてまず流暢に言えるようになったのが、〝How do you do?〟でした」

 日本語だったら「ごきげんよう」。これはサヴィル・ロウの多くのお店で最初にかけられる言葉でもある。「うまく話せなくても大丈夫。堂々としていてください。ただし、伝統を重んじる人たちなので、そこはできるだけ失礼がないように」

 服装はスーツが基本で、できたら自分の理想に近いものを。帽子は入ったら脱ぐのがマナーで、ジーンズなどのラフな服装は避けるが吉。サヴィル・ロウは裕福な人たちの一種のサロンで、労働着はそぐわない。さて、一口にサヴィル・ロウと言ってもお店はいくつもある。どうせならみんなが褒めてる有名店で……となりそうだが、ちょっと待った。サヴィル・ロウでは人によって入るべき店が違うと桑田さんは言う。何がそれを分けるのか? 答えは体型だ。

「そもそもサヴィル・ロウでは、スーツは体型に自信がない人がそれをよく見せるためのもの。体格ごとに適したハウスがあるんです。病院みたいなもので、胃が悪いのに外科に行けば『お間違えですよ』となりますよね?」

 サヴィル・ロウは商店街のように交流のあるお店の集まりで、「他のお店に行ってください」と言われても悪気があるわけじゃない、こればかりは予習が必要だ。

「体型の適性に加えて、ハウススタイルも知ってください。今もビスポークをやっていて評判のいいところだと、〈ハンツマン〉なら1つボタンの印象が強いですし、〈ヘンリー・プール〉〈リチャード・アンダーソン〉は比較的クラシックな2つボタンのイメージ。〈キルガー〉は以前はピークドラペルの1つボタンの印象がありましたし、〈アンダーソン&シェパード〉ならやわらかいダブルも格好いいですよね」

 そんなふうに個々の定番スタイルがあって、ボタン位置にも明確な計算式がある。ネイプ(うなじ)からヒップの長さ÷2+Xというもので、このXの値がハウススタイルの鍵。あとはボタンの数や、採寸を基に着丈やゆとりの希望を伝えて問題なし。裏地やポケットの仕様なども指定でき、桑田さんの〈ハンツマン〉時代には「マジシャンの方から『鳩の入る内ポケットを』とリクエストされたことがあります(笑)」なんてこぼれ話もあったりする。ただ、悪目立ちするアレンジは御法度だ。そして気になる生地、これは本当に好き好き。

「今でこそ薄手のものもありますが、本来は粗く丈夫な生地で仕立てるのが醍醐味。サヴィル・ロウのスーツはうまく付き合えば100年以上ももつので、子供や孫に受け継ぐ人も多いですよ。長く着ることを見据えて生地を多めに余らせて縫っておくものなんです。体型や着る人が変わっても、かなり修正が利きますから」

 パンツは割と自由で、プリーツの数も太さも好みでOK。オススメはブレイシーズ(サスペンダー)式。そもそもサイズがぴったりでベルトは不要だから。仕様が決まった後は3、4回仮縫いを重ねるのが一般的。その都度足を運ぶのはハードルが高いが、ある程度は期間が空いても大丈夫。スムーズにいけば初来店から約半年で完成することが多いようだ。職人は朝型で昼にお酒を飲んだりもするため、アポイントは午前中が賢明だ。ちなみに支払いは最初と完成時の2回払いが通例で、金額は2ピースで数千ユーロくらいから、上はやっぱり青天井……。

「残念ながら、サヴィル・ロウでも以前と比べると技術継承や素材環境の変化を感じる場面もあります。だからこそ、できるなら早めに、若いうちに挑戦してほしい。経験すると必ず背筋が伸びるし、既製服を着ても姿勢が変わってるはず。もっと洋服を着ることが楽しくなりますよ」と桑田さん。

 そこで得られるものはきっと背広だけじゃない。対話を通して、歴史と美意識と最高峰の職人技。サヴィル・ロウとは、その経験を買う場所なんじゃないだろうか。

Five Tips for Bespoke

❶格好はフォーマル、態度はカジュアルに
❷お店はハウススタイルで選ぶ
❸遊びやヒネリはさりげなく
❹3世代着られるつくりを意識しよう
❺予約は午前、“いつか”は早いがベター。

プロフィール

いつかはオーダーしたいね。

桑田悟史

SETCHU

くわた・さとし|京都出身。リカルド・ティッシやジョン・ガリアーノ、カニエ・ウェストらのもとで働き、2020年に〈セッチュウ〉を設立。’23年にはLVMHプライズのグランプリに。趣味は釣り。

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