ライフスタイル

風とスポーツカー/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.22

2025年5月30日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

七色に輝く銀河の道を、アムステルダムのチューリップの散歩道を、鉱山を、砂漠道を、わたしはひとり、アクセル全開で走り抜けてゆく。むきだしのおでこに当たる清々しい風。ワイルドなハンドル捌きに我ながらホレボレしてしまう。華麗なドリフトで火花を散らしたのち、決死の大ジャンプで宙へと舞い上がった。

「マリオカート」はわたしにとって青春ど真ん中のゲームだ。ゲームにあまり縁のない人生のなかでも、マリオカートだけはいつだってわたしを夢中にさせてくれるものだった。放課後に友達とDSを持ち寄って対戦したことも、家族とWii で白熱したことも、どれも彩りある思い出。ゲーム好きであってもそうでなくても、誰しも一度はプレイしたことのあるであろう偉大なるジャパンメイドゲームだ。

「8番出口」ですっかりゲームの奥深さに取り憑かれたわたしは、マイSwitchに次は何をダウンロードしようか迷っていた。みんな大好き「スプラトゥーン」もいいな、いや「ゼルダの伝説」も外せない。ゲーム一覧ページをんー、んー、と悩みながらスクロールしていったところ、一段と光り輝く文字がわたしの目に飛び込んできた。「マリオカート8 デラックス」!!!

気づいた頃にはわたしはしっかりと両手でハンドルをにぎり、位置についてレースのカウントダウンを今か今かと待っていた。「GO!」の合図でぐいんと発車するわたしの青色のスポーツカー。次から次へと目に飛び込んでくる鮮やかな景色にさっそく心がほどける。そうそう、この感じ、この爽快感!ダッシュキノコでスピードを加速させると、頭のなかにあったすこしのモヤモヤも風とともに後ろへと吹き飛んでゆく。約10年ぶりに走らせたマイカーで、どこまでも走ってゆけそうな気がした。

わたしは運転ができない。現段階では免許を取るつもりもないので、運転への憧れを爆発させる場所としても、マリオカートは最適である。

マリオカートはみんなでやるものだと思っていたが、ひとりでやるのもなかなかいい。かつて友達と対戦した時は画面が何分割もされ、自分のカートを見失いそうになった経験もあるが、たったいま、わたしの視界はわたしだけのものだ。プロジェクターで部屋の壁いっぱいにゲーム画面を映すと、凄まじい臨場感で胸が熱くなる。広大な大地、澄み切った青空、草木の香りまでもが、ありありと迫ってくるようだ。

ダウンロードして数時間。レースを次々とこなしていくうちにわたしのレーサーとしての腕は着々と上がってゆき、どのコースでも常に1位、2位を獲得するようになってきた。幼少期はポンコツレーサーとして近所に名を馳せていたわたしが、こんなに勇ましい走りを見せるようになったなんて。自分の成長ぶりに感服する。

ひとり対戦はもう十分に楽しんだので、インターネット通信で世界の人々と戦ってみることにする。対戦を申し込むと、リアルタイムでログインしていたであろうアメリカやメキシコのプレーヤーのみなさんがワッと参戦してきた。突如始まろうとしている世界戦…!わたしは急に日本を代表してやってきたオリンピック選手のような勇ましい心持ちになる。

場所は違えど、ここに集うみんなは等しく”ひとり”なわけだ。いまひとりでいるこの小さな部屋も、壁が外側にパタンと倒れて大きな世界に向かっていくような感覚がして不思議。みんなどんな体勢で、どんな空の下このレースの開始を待っているのだろう。顔を合わせたことも、言葉を交わしたこともないひとたちと、ここで同じ時間を共有しているのだということにふっと心がおどる。

感激しているうちに3,2,1!とレースのカウントダウン。日本代表上白石選手も好スタートを切ったかと思いきや、さすがは百戦錬磨のみなさん。走り方もドリフトの決め方も凄まじく、数メートル走った時にはもうすっかり置いてきぼりだった。面白いぐらいに、まっったく歯が立たない。地元じゃ負け知らずだったのに….。上白石選手、泣く泣くオリンピック辞退。世界で咲くにはまだまだ努力が必要なようだった。

マリオカートはいつどんなときも、わたしに清々しい風を吹き入れてくれる。ぐいんとアクセルを踏み、ただひたすらに前だけを見つめて道を突き進む時間は、大人になった今でも幼心を掻き立てられる。マリオカートがある限り、きっとわたしたちはずっと少年少女の心のまま、がむしゃらでいられるはずだ。これからどんな茨の道が待ち受けていようが、周りから置いてきぼりを食らおうがわたしはわたしの走り方をしていたいと、ひとりコントローラーを握りしめながら思う。

ひとこと
Switch 2の当落に世間が賑わっているなか、わたしはまだまだ初代Switchに胸を踊らせています。いつも流行に乗りきれない…!

上白石的テーマソング:YMO「RYDEEN」

プロフィール

風とスポーツカー/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)、映画「366日」(25/松竹)など。TBS「イグナイト –法の無法者–」毎週金曜日夜10時〜放送中。映画『パリピ孔明 THE MOVIE』全国公開中。adieu名義で歌手活動も行う。

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