カルチャー
映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」と写真戦略
文・村上由鶴
2025年2月28日
text: Yuzu Murakami
1月に入ってからというもの、ドナルド・トランプ米大統領から目が離せません。もちろん、悪い意味で。個人的には全く支持できず、シンプルに差別的で憤りも感じるけど、もはや不快になることを予期し、それを求めながらトランプ関連のニュースを見ている私がいる…感じさえあります。
さて、わたしは以前も、トランプと写真について書きましたが、大統領就任後、あの暗殺未遂の時の写真のパワーに味を占めたのか、トランプの写真使いが戦略的になっているように思います。
例えば、「トランスジェンダー女性の女子競技参加を禁止する大統領令に署名した」*というニュース。
このニュースとともに添えられた、トランプ大統領を女性(というか少女、しかもほとんどが白人に見える)が囲む写真は異様です。マイノリティとはいえ圧倒的に人数が多い「女性」を守るという「国是」をかかげ、明らかにごく少数派であるトランスジェンダーに対する敵意や猜疑心を植え付け、さらに「国民の頼れる父」っぽさを印象づけるために、この光景は精巧に作り込まれています 。もちろん動画でもその異様さは伝わってきますが、一枚の絵として見せた時に目をひくよう、象徴性が強調されていると言ってよいでしょう。
ところで、そんなドナルド・トランプについての映画が、日本でも公開されています。映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」は、実話を基にした劇映画。もちろん脚色もありますが、「ドナルド・トランプ」がどのように「創生」されたのかを誠実に描いています(ここから先、映画「アプレンティス」のネタバレがあるので注意です!)。
この映画のなかで、トランプを「創った」人物として登場するのが、実在した弁護士ロイ・コーンです。ロイ・コーンは、1950年代の赤狩りの時代から暗躍したほか、遺言書の偽造や脅迫などの非倫理的行為で後に弁護士資格を剥奪された人物です。
映画は、父親の会社が政府に訴えられた若きドナルド・トランプが、ロイ・コーンと出会って成り上がっていくというシンプルなお話。劇中、まずはロイ・コーンが若きドナルド・トランプに3つのルールを伝授します。
そのルールとは、①常に攻撃すること、②非を絶対に認めないこと、③たとえ敗北しても常に勝利を主張すること。
よく考えれば2と3はかなり似たようなことを言っているような気もしますが、ひとまず脇に置いてトランプのあらゆる振る舞いを思い返すと、この3つの掟は確かに彼の言動を核になっていて、フィクションを含む映画とはいえ、現実と強く響き合います。特に断固として「非を認めない」姿勢、後戻りしたりしない、なんでもやったもん勝ち的なやり方によって、いままさに全世界が振り回されているといった感じです。
そこで思うのは、写真はそんなトランプのスタイル(つまりロイ・コーンの教え)にやはりフィットするメディアなのだろうということ。
一度世に出回った写真のイメージそのものはいくら文句を言っても変えることができないし、一枚の写真に込められたメッセージに攻撃性があればそれが出回り続ける限り、攻撃は続きます。実際、映画「アプレンティス」の中にも、ロイ・コーンが、同性愛を隠している人物に対して、その人物の同性愛行為を仄めかす都合の悪い写真を突きつけて脅すシーンが登場します(ちなみに自身が同性愛者であったことは隠しており、AIDSの診断を受けたことも生涯否定していました)。つまり、写真をばら撒くこと、それ自体が彼(ら)にとっての攻撃となっているのです。嫌気が差すほど的確で残忍な写真の使いかたです。
ちなみに、この映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」のクライマックスには、ロイ・コーンとは袂をわかつことになったトランプが、薄毛を隠すために頭皮を縮小する手術と、腹回りの脂肪をとる手術を受けるシーンが出てきます(トランプ本人は否定)。
私はこのシーンを見て、アメリカの政治学者のレベッカ・リスナーとミラ・ラップ=フーパーの「トランプ大統領は、トランプ現象のアーキテクトではなく、むしろアバターである」という言葉を思い出しました。つまりこれはトランプが、アメリカや世界秩序の混乱を計画しているのではなく、むしろ彼はトランプを支持する人々の鬱屈した感情、トランプを支持しておいたほうが得する大金持ち、人命や平和を守る原則を度外視する人々の意思を反映する存在である、という考え方です。ドナルド・トランプは映画でもかなり軽薄で空っぽな人物として描かれていますが、クライマックスに行われる2つの手術は、彼の「空っぽさ」と「外面(そとづら)」だけの存在感、つまりアバターとしてのトランプを完成させる儀式のよう。
そう思えば、日々トランプの活動をとらえ、伝えている写真たちも、彼を支持する人々が思い描く理想を具現化したアバター的なイメージと言えます。
となると、トランプの写真戦略とは、単なる自己演出ではなく、彼を支持する人々が望む偶像を形作るプロセスなのかもしれません。いわば、本人が手を動かさなくても、自らを「理想のリーダー」として仕立て上げていく大規模なコラボレーション作品のよう。そして、そんな写真が大量に拡散されることで、彼の「アバター」としての存在感はさらに強化されていくのかも。とか言っているうちに、また彼の新しいニュースが写真付きで報じられ、「今度は何を…」と思わずクリックしてしまう自分がいるのでした。ではまた!
*2021年に東京で開催されたオリンピックでは、ホルモン抑制剤を摂取しテストステロンの値を女性の平均的な範囲内とするガイドラインに則って、トランスジェンダー女性の選手が重量挙げに出場した例があります(https://www.bbc.com/japanese/58053291)。現在は、それぞれの競技の団体が、トランジェンダー選手の参加に関する取り決めについて議論をしている段階でもあり、トランスジェンダー女性によって女性スポーツがのっとられる、という指摘はかなり拙速です。
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻助教。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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