TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】愛する町、鎌倉③ アンブレラ研究所

執筆:村岡俊也

2026年5月27日

 友人のイラストレーター・横山寛多は、鎌倉の谷戸に住む養老孟司と一緒に『じぶんのはなし』という絵本を出している。虫採りをしながら、自分が世界の一部であるとやわらかく伝える名作で、実際にふたりは虫採り友だちなのだが、運転免許を持っていない。寛多から運転手を頼まれて、春になって虫が動き始め、暑さで外を歩くのがしんどくなるまでの間に何度か三人で虫採りに行った。
 型落ちのプリウスで先生を迎えに行き、後部座席に乗ってもらう。その日の行き先は、鎌倉の山中にある廃墟だ。昭和41年に建設された野村総合研究所の鎌倉研究センターが閉鎖され、2002年に鎌倉市に移譲された。今でも建物は取り壊されずにあり、ところどころガラスが割れて補修されている。グラウンドだったところは草地になり、周囲には緑が多く残されているために、市民の憩いの場になっている。保育園の遠足なのか、幼児たちと遭遇することもある。平日の午前中にぶらぶらと歩いている大人は、私たちしかいない。

養老先生は「いい虫」だけを毒瓶に入れて持って帰るので、喜んでもらえる虫を見つけたくなる。
photo: Kanta Yokoyama

 その廃墟を見て、養老先生は「アンブレラ研究所みたいだね」と言った。テレビゲーム『バイオハザード』シリーズに登場する生物兵器の開発企業の名前だ。先生は娘さんがクリアできないと泣きついてきた『バイオハザード』をやり込んでいたらしい。ゾンビが出てきそうな研究所の裏手に回ると葛が繁茂していて、そこには緑のコフキゾウムシがたくさんついている。先生は真面目な顔で「クズばっかりだ」とつぶやく。思わず振り返ると、ニヤリと笑った。先生は時折、しょうもない。トレイルを歩いていくと、ハルジオンの花にハナムグリがいた。その名の通り、花の中に潜り込むように体を埋めていて可愛い。一度、虫が見つかると、その他の花についている虫も見えるようになってくる。見えているものと見えていないものについて考えながら歩く。
 草地に行くと、たくさんの小さな虫が低空飛行をしている。蜂のようだが、どうにも飛び方が違う。帽子を使って捕まえると、ウスチャコガネだった。詳しく調べなければわからないが、養老先生が子どもの頃には鎌倉ではほとんど見かけなかった虫だという。そして、大陸からやってきた虫の話へと移っていく。外来の虫は、その時代の貿易に合わせて港から広がっていくことが多いが、黒潮に乗った流木で海を渡る虫たちもいるという。「虫の小ささを考えたら、豪華客船だよ」と養老先生は笑った。その航海の壮大さを思いながら、また次の虫へ。ほとんどの時間はくだらない話をしているのだが、時に世界そのものに触れるような感覚を得ながら、歩く。先生は犬の散歩をしながら通り過ぎた女性に挨拶を返したあと、一拍置いて、「俺は犬に挨拶したんだけどな」とボソリといった。ユーモアと本当が入り混じるから、世界が面白く見えてくる。
 養老先生は帰りの車の中で時折、寝てしまう。眠気に逆らわずにスッと気配が消えて、まるで猫のようだねと寛多と静かに話しながら、起こさないようできるだけ遠回りをしていた。海沿いの134号線を走っているときに先生は目を覚まし「私は、どこにいますか?」と尋ねた。「ここはどこ?」ではなく、「私はどこ?」という問いに、先生の在り方を聞いた気がした。

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村岡俊也

むらおか・としや|1978年生まれ。鎌倉市出身、在住。ノンフィクション・ライター。著書に『増補 新橋パラダイス 駅前名物ビル残日録』(ちくま文庫)、25歳で高松の海で亡くなった画家の評伝『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』(新潮社)。アイヌの木彫り熊職人、藤戸竹喜を取材した『熊を彫る人』のほか、『酵母パン宗像堂』(ともに写真家と共著、小学館)がある。

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