ライフスタイル
房総野生探訪記。Vol.3
東大卒の若者が選んだ猟師という生き方
2023年12月20日
photo & text: Hiroshi Ikeda
edit Yukako Kazuno
山々に囲まれた村落はすっかり日が落ち、虫の音がけたたましく響いていた。「野菜がなかったので、野蒜(ノビル)を採ってきますね」と言いながら、バタバタと小林さんは野草を採りに出ていく。
私は囲炉裏で炭おこしを任せられていたが、一向に火を起こせず苦戦していた。段ボールを細かくちぎって火種にして、炭の下へと運ぶがすぐに消えてしまう。戸棚にあった着火剤を使うとすぐにパチパチと音が鳴り始めた。
赤くなった炭を七輪へと移し、捌いたばかりの猪のハツとタンをじっくりと焼く。「一応クレイジーソルトがかかっていますけど、梅醤油でも作りますか?」味付けの選択が極端で面白かったが、肉の旨味を味わうため、そのままの味付けでいただくことにした。
焼肉屋で食べるタンよりも少し厚みがある切り方だったが、程よい弾力で獣の臭みは全くなかった。驚くほどあっさりとした味で美味しい。ハツも少しコリコリしているが、クセがない。正直、猪と言われてもピンとこないほどだった。
居間と台所を慌ただしく行き来する小林さんは、次にローストにしたヒレ肉を運んできてくれた。「ローストイノシシですか!」私は興奮のあまり、何度もローストを連呼するが小林さんは切った断面を見ながら少し気まずそうな感じだ。「ローストにしては火が通り過ぎてますね…これは即席ハムですね」たしかに赤身は少なかったが、火が中まで通ったヒレ肉は柔らかく、噛めば噛むほど旨味を感じる一品だった。
野蒜と一緒に醤油と味醂で甘辛く炒めた猪肉をご飯に盛り付けた丼が疲れた体に染みる。ちなみにこの日食べた市販のものは猪丼に乗せた生卵だけだった。
野菜類は獲れた肉を地元の農家さんと物々交換して手に入れるらしく、スーパーで買う食材は限られているようだ。「野菜と肉は買ったら負けたみたいな気分になります」と笑いながら答えていたが、あながち冗談でもなさそうだった。
「最初はサバイバルと自給自足をやりたくて、自分でとって食べていたんですが、だんだん自給自足がメインになってきて、これは昔の百姓と一緒じゃんって」とこれまでの生活を振り返りながら小林さんは笑っていた。食べるために、野草や獣をとり、誰かと交換するという循環が彼の生活の根幹となっているようだった。
時々、無言になりながら食事をしていると、車のエンジン音が聞こえてきた。ガラガラッと玄関の扉が開くと「狩人の会」の男性部員が慣れた様子で入ってくる。自宅の庭木を切るために高枝切り鋏を借りにきたという男性は、最近都心から房総へと移住してきたらしい。小林さんと男性はつい先日、四年ぶりに開催された地元のお祭りの話題で盛り上がっていた。
またしばらくするとエンジン音がする。山へきのこ狩りへと行っていた部員がたくさんの山栗を拾って帰ってきた。静かだった古民家が一気に部室のようなムードへ様変わりしていく。
そういえば、前回訪問したときに、獲物の毛皮で帽子とコートとマフラーをいつか作りたいと小林さんが語っていたことをふと思い出し、猟以外の小林さんの姿をもう少しだけ知りたくて、突拍子もない質問をしてみた。「房総に移り住んでファッションとか変わりました?」仲間の一人が苦笑いしながら話を聞いている。「学生時代から作業着です。おしゃれをするモチベーションがないですね。どうせすぐ破くんで」
好きなものだけを追い求める小林さんの姿は、サバイバル術に夢中になっていた少年の頃のまま大人になったようだ。一通りの撮影と取材を終えて荷物をまとめていると、小林さんは今日獲れた猪肉と冷凍された鹿肉を保冷バッグに詰めてお土産にと渡してくれた。
「また遊びに来てもいいですか?」と小林さんに聞くと、「いつでもどうぞ」と笑顔で答えてくれた。私は獣に気をつけながら、ナビを頼りに都心へ向け車を走らせた。君津の街を抜け、アクアラインを走ると対岸には東京タワーが煌々と光っていた。
プロフィール
小林義信
こばやし・よしのぶ | 「東京大学狩人の会」会長。合同会社 日本自然調査機構代表。茨城県出身、東京大学農学部を卒業。第一種銃猟、わな猟、網猟の免許を所有。狩猟活動のほか、山間地域の動植物の生態調査も行っている。
執筆者プロフィール
池田宏
いけだ・ひろし | 写真家。1981年生まれ、佐賀県小城市出身。2006年に大阪外国語大学外国語学部地域文化学科アフリカ地域文化専攻スワヒリ語卒業後、studio FOBOSに入社。2009年よりフリーランスで活動。2019年に写真集『アイヌ』をリトルモアより刊行。2020年、日本写真協会新人賞受賞。
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