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房総野生探訪記。Vol.1

東大卒の若者が選んだ猟師という生き方

2023年12月6日

 9月の中旬、狩りを生業にしているある若者に会いに千葉県君津市の山間へ向かった。車を走らせるだけで、その地域は限界集落だということを肌で感じるほどのどかな景色が広がっていた。

千葉県君津市

 ポツリポツリとしか人家は見当たらず、畑では一匹の白やぎが草を食んでいる。エンジンをやや吹かし気味に急な坂道を上ると、大きな平家の一軒家が現れた。築200年にもなるという古民家の玄関には「狩人の会」という筆で書かれた看板が掛けられている。広々とした敷地には無造作に獣の骨が置かれていたりと、どこか秘密基地のような雰囲気を感じた。

「狩人の会は東京大学の狩猟サークルで、猟期中に活動するときの拠点場所です。もともと東大の農業系サークルが富津市を拠点にボランティア活動をしていて、狩り部にも拠点がほしいよね、って話していたら空き家を斡旋してもらえて2018年から借りています。猟期にはサークルの現役に限らずOB・OGも泊まり込みで猟をしています」

 語ってくれたのは、サークルの立ち上げメンバーである小林義信さん。東京大学在学中から、房総半島へと移り住んだ若きハンターだ。

小林義信

「昔からサバイバルや自給自足に興味があって、自分で食べるものは自分でとりたいっていう考えがあったんです」

 小学生のときに手にした『冒険手帳』という本をきっかけに、ロープワークなど、さまざまなサバイバル術を実践していく小林さん。

 彼の人生に大きな影響を与えることになったのは、中学2年生のときに体験した東日本大震災だった。住んでいた街のインフラが機能しなくなった日常に無力さを感じ、生きる知恵を身の回りから本格的に学び始めた。身近にある雑草や山菜を食べることに始まり、両生類や爬虫類にもチャレンジ。食べられるものはなんでも食べてみたと語る。

「カエルとか。山椒魚は数が少ないんで捕らないほうがいいですけど…トカゲやヘビとかですね。もちろん昆虫も食べてました。クワガタは腹の部分しか食べるところがないですけど、セミが一番ですね。茹でても焼いてもいいし」

 生きるために食べることへの執着を続ける小林さんは、鳥類・哺乳類を次の捕獲ターゲットにしたときにある壁にぶつかった。「調べたら免許が必要で。網とわな猟は18歳からで、鉄砲は20歳からじゃないと取れないんで、大学に入るまで準備して待つことにしたんです」

 東大を目指した理由を聞くとこう答えてくれた。「中学、高校と陸上の中距離をやっていて、高校二年生のときに関東大会に出場しました。けど高校三年生のときに疲労骨折などもあってインターハイに行けなくて。もともと北海道大学を目指していたんですが、部活の不完全燃焼から大学はもうちょっと上を目指そうと思って、東京大学に志望を変えました」

 2016年、一浪の末に念願の東京大学合格を果たす。だが狩猟を行おうにもツテもコネもなく、他大学の狩猟サークルへと連絡を取ってみるが、なしのつぶて。小林さんは4人の仲間で「狩人の会」を立ち上げることを決めた。網猟、わな猟、そして鉄砲と一つずつ目標に向かって狩猟免許を取得していく小林さんが捕獲した念願の獲物は、わな猟で獲れた雌鹿だった。2018年初めのことだ。

「アドレナリンがすごく体の内から湧き出て、生きているって感じでしたね」

 周囲は官僚や企業へと卒業後の進路を決めるなか、迷いなく狩猟の道を選んだという。「在学中から野生動物管理の仕事を行っていたので、このままいけそうだなと。人生一回だけだから、冒険したいなって思って」口元を緩めながら小林さんは少しだけ熱っぽく語ってくれた。

プロフィール

小林義信

こばやし・よしのぶ | 「東京大学狩人の会」会長。合同会社 日本自然調査機構代表。茨城県出身、東京大学農学部を卒業。第一種銃猟、わな猟、網猟の免許を所有。狩猟活動のほか、山間地域の動植物の生態調査も行っている。

執筆者プロフィール

池田宏

いけだ・ひろし | 写真家。1981年生まれ、佐賀県小城市出身。2006年に大阪外国語大学外国語学部地域文化学科アフリカ地域文化専攻スワヒリ語卒業後、studio FOBOSに入社。2009年よりフリーランスで活動。2019年に写真集『アイヌ』をリトルモアより刊行。2020年、日本写真協会新人賞受賞。

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