ライフスタイル

Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.4 セン・モリモト

2022年2月8日

photo & text: Sen Morimoto
translation: Bowen Casey
edit: Yuki Kikuchi

Re: view (音楽の鳴る思い出

この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。


今回の執筆者

https://open.spotify.com/album/0HsxpPcW9MvY9vga9c14VT?si=SPpB5MROR1qzFiQU6m7vww

■名前:セン・モリモト
■職業:ソングライター、プロデューサー、インストゥルメンタリスト、レコード・レーベルの共同経営者
■居住地:シカゴ
■音楽が与えてくれるもの:目的
■レビューするアルバム:『Odessey & Oracle』The Zombies

『Odessey & Oracle』The Zombies(1968年)

君の名は

 新しい音楽を追いかけることが苦手で、いつも新譜と呼ばれる音楽に触れるのは、皆んなが話題にしてから何ヶ月も経ったあとのこと。ぼくはそんなタイミングでようやく一度に2、3枚のアルバムを聴いてみる。もしかしたら自分が既に知っている好きなアルバムを周期的に聴く傾向があることが原因かもしれない。父のCDコレクションの影響で、主に60年代や70年代の音楽を聴いて育ったせいか、純粋に音楽を聴きたいとき、僕はどうしてもその時代のアルバムを繰り返し聴いてしまう。

 最近はザ・ゾンビーズの『オデッセイ・アンド・オラクル』にハマってる。このアルバムは60年代のポップスの方程式が完璧に凝縮されている作品だ。当時の他のアーティストよりもアレンジが面白いし、人生をとてもロマンチックかつ冒険的なものにしてくれる、このバンドのリード・シンガーのヴォーカルにも特別な何かを感じる(これを書いている今、また彼の名前を思い出せない)。彼らの曲の多くが名作映画の音楽を担当していることもあるせいか、ザ・ゾンビーズの音楽を聴いていると、まるで不思議な物語の登場人物になったような気分になってしまう。 

 キーボードとサックスを担当しているKAINAのバンドで、オープニング・アクトとしてCUCOとアメリカ・ツアーをしたとき、デトロイト(だったと思う)の高級ホテルに一泊する日があった。

 ホテルで眠って、目覚めると、出発時間はもうすぐで、今にでも部屋を飛び出さなきゃいけない状況だった。ツアーが始まるその都度、ツアー中のホテルでレコーディングする時間があるだろうと機材を持ち込むけど、いざツアーが始まると、けっきょく時間とエネルギーが足りず、いつも何も出来ずに終わってしまう。

 デトロイトのホテルに泊まったこの日も、リュックサックに入れて持ってきた機材を、部屋の中にセッティングしたまま何もせずに終了。寝坊した僕は、セッティングされたマイクとインターフェースをリュックの中に放り込み、ロビーで素早くコーヒーを買うと、バスが待つホテル裏の出口へと走った。

 ホテルから飛び出してバスに向かって走っていると、駐車場の反対側に、大きなヴァンに荷物の積み込みをしているバンドらしきグループの姿が目に入った。その一瞬でどうして気付けたのか本当に分からない。これまで彼らのアルバム・ジャケットを吟味したこともなければ、彼らの顔を覚えたこともなかったから。だけど無事にバスに乗り込んだ後、ぼくはあのグループが紛れもなく、ザ・ゾンビーズであることを悟っていた。 

 バスに荷物を積み込むと、まだ他のメンバーが到着していないことから、出発が遅れていることを知らされた。バスの中、いてもたってもいられず、「同じホテルから出発するあのバンドってザ・ゾンビーズかな?」そうカイナに尋ねてみると、「あなたザ・ゾンビーズ大好きでしょ!挨拶行ってサイン貰わなきゃ!」

 慌ててバッグの中をかき回し、マイクを見つけると、カイナは僕にサインペンを投げてくれた。 

photos are by Tim Nagle
photos are by Tim Nagle

 ザ・ゾンビーズのヴァンのもとに辿り着いたのは、ちょうど彼らが最後の物販の箱を荷台に詰み終える時だった。ぼくはリード・シンガーをまえにして「こんにちは、お邪魔してすみません… ぼくはあなたの大ファンで、同じホテルに泊まってたんです。もし良ければこのマイクにサインして貰えませんか?」

 恐る恐るそう尋ねてみたこの間に、ぼくが気づいてしまったことがあった。それはこの男性が間違いなくザ・ゾンビーズのリード・シンガーであること、そしてザ・ゾンビーズのリード・シンガーである、この偉大なるお方のお名前を存じ上げないこと。 すると、その男性はぼくの苦境を十分に理解したような、同情的な目でぼくを見つめ、

「ザ・ゾンビーズとだけ書いて欲しいのかな?」と言ってニヤリと笑った。ぼくは少し顔を赤らめながら「すみません! ぜひ名前も書いてください」そう答えると、彼は肩をすくめ、しかしマイクにサインをすると「君もツアー中なのかい? 幸運を!」と言ってくた。 

 ぼくはマイクを手に、彼のサインが何を意味しているのか解読しながら意気揚々とバスに戻った。バスは次の都市に向け出発し、ぼくはバスの後ろで、ザ・ゾンビーズのリード・シンガーである、コリン・ブランストーンをひたすらググり続けた。

文・セン モリモト

執筆者プロフィール

セン・モリモト

10歳でジャズサックスを始めたセンは、生まれ故郷の京都からマサチューセッツへと引っ越し、そこで育つとヒップホップに傾倒。今はシカゴを拠点に、音楽家、プロデューサー、Sooper Recordsのレーベル・オーナーと、多岐にわたる活動を展開中。2018年にデビューアルバム「キャノンボール」、2020年にセルフタイトル『セン・モリモト』をリリース。現在は、日本とシカゴの音楽シーンを繋げるべく、日本の様々なアーティストとのコラボによるリミック音源を製作・発表している。既にMaika Loubté、WAZGOGGなどとコラボを果たし、今後はa子、tamanaramen、食品まつり(Foodman)、Deerhoofのドラマーのグレッグ・ソーニアなどとのグループコラボによる音源のリリースが控えている。

https://www.youtube.com/watch?v=QmpL5PtvP1U

https://www.youtube.com/watch?v=Q8v44RuAaZE