TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】坂口恭平が抜け切らない

執筆:小宮雄貴

2026年7月11日

「坂口恭平さんのドキュメンタリー映画の監督です」

そう自己紹介すると多くの割合で疑いの目を向けられるような気がする。気の弱そうな見た目をしてるので無理もない。ドキュメンタリー制作経験ゼロの自分がなぜか坂口恭平から密着を許され、2年間の記録をまとめた映画『TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW 坂口恭平生活』を全国で順次公開していただいている。

坂口恭平さんというと作家であり、画家であり、音楽家であり、建てない建築家であり、新政府初代内閣総理大臣であり、いのっちの電話相談員であり、躁鬱人であり、、

と一言では捉えられない。

映画は、恭平さんが幼年期以前から抱えている「さびしさ」を軸にして、その捉えきれなさに自分なりに挑んだ。それは後付けで、まさか本当に映画になるなんて密着当初は信じきれていなかった。

きっかけは無断撮影だった。2023年8月、札幌で開かれたパステル展のオープニングライブを勝手に撮影してしまったのだが、それを見ていた恭平さんから、

「君のYouTubeに公開していいよ」

と言ってもらい、思い切って熊本の生活も撮らせて欲しいと伝えた。

まだドキュメンタリーを一つも作ったことのないひよっこであることを面白がったらしく、あっさりと許可が降りたのだが、

「俺の生活は編集したら伝わらない」

と、素材をほぼ編集せずにYouTubeで公開することが条件となり、坂口恭平が撮れるならと甘んじて受け入れた。

早速翌週には熊本へ向かい、翌朝8時アトリエ集合と約束してネットカフェで寝ていたら3時ごろに電話がかかってきた。

「起きちゃったけど、どうする?始まっちゃうよ」

タクシーで駆けつけ、初日の撮影は4時から始まった。その時々の流れに身を委ねて生きる坂口恭平を撮るとはこういうことかと早速洗礼を受けたのだが、翌月、恭平さんは鬱になり、連絡が取りにくくなってしまった。

体調を案じるメッセージや果物を送ったりして回復を待っていたら、一度だけ電話がかかってきた。

「初めて家族の前でさびしいと言えた。社会が全部さびしいと気づいた」

その時は少し興奮気味だったのだが、結局鬱が明けたのは半年後の2024年3月だった。

「坂口恭平の抱えるさびしさとは何か」

その問いを胸に再びアトリエを尋ねると、鬱の時に胎児期の記憶に端を発するさびしさと向き合っていたのだという。

密着は再開。仕事の合間を縫って熊本へ飛び、撮影が1日8時間を超えることもざらにあった。

それが全く苦ではなかったのは、初めてやりたいことが見つかったという初期衝動に突き動かされていたからだった。

そもそも恭平さんに惹かれたのは、高校生くらいから自己否定が止まらず、何をするにも自信を持てなかった自分にとって、坂口恭平という人物の生き方や言葉はある種の救いでもあったからで、そんな人物のドキュメンタリーを撮れるということ自体に喜びを感じ、密着中に恭平さんに対して「今が人生で一番楽しい」と思わず言ってしまったこともある。

そんな訳で無邪気にカメラを向け続けていたのだが、次第に坂口恭平という人物が持つ危うさも含んだ様々な表情を知ることになり、同時に、現代社会が抱える「さびしさ」に自分自身が向き合わざるを得ない瞬間も訪れた。

今この瞬間にも「死にたい」という気持ちと戦っている人がいるという忘れがちな現実、それに向き合い「生きろ」と声を荒げる恭平さんの言葉には危うさだけでは片付けられないTRUEな響きがあった。

「俺は編集できない」という言葉への挑戦として、この声に向かって映画を編集していったが、坂口恭平という人物に迫ったという実感は薄く、映画のラストシーンからも半年以上懲りずに撮影を続けさせてもらった。

今年3月末、ポレポレ東中野での公開初日を終えた打ち上げで、トークに登壇していただいた九龍ジョーさんから「今後のためにも次は坂口ではない人を撮った方がいい、坂口を撮るなら10年後」とアドバイスをもらった。恭平さん本人の大きな心境の変化もあり、密着はもう当分はしないことになった。

先日、奈良のギャラリーHS -nara-で開催中の恭平さんの個展に行った。12時の開店と同時に伺い、平日だったこともあって、貸切状態でギャラリストのハヤシさん夫妻と2時間近く話した。

「坂口恭平が抜け切ってないですね」

ハヤシさんには今の自分の迷いが筒抜けだった。あれだけ強い被写体と向き合ったらそう簡単には自分の体からは抜け切らない。

次、自分は何を撮ればいいのだろう。
何者でも無かったひよっこは一応坂口恭平のドキュメンタリー監督という肩書きを背負うことになった。

恭平さんと向き合うことができたほどの衝動がまた生まれるのか分からない。それでもまだドキュメンタリーという形で社会と関わり続けたいとは思えている。いつか撮らせて欲しいと思う人たちもたくさんいる。そしてまた恭平さんにカメラを向けるべき時が来るのを気長に待ちたい。自己否定はもうあまりしなくなった。

プロフィール

小宮雄貴

こみや・ゆうき|1997年、神奈川県生まれ。映像制作会社に所属し、ディレクターとして『情熱大陸』などテレビドキュメンタリーを制作する傍ら、自主制作も行う。2026年3月より初監督作品『TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW 坂口恭平生活』が全国順次公開している。

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映画『TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW 坂口恭平生活』公式サイト
https://www.true-kyohei-sakaguchi-show.com/