ライフスタイル

ローファー氏とわたし/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.21

2025年5月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

「おしゃれは足元から」とよく聞く。たしかに、初対面の人、また、ちょっといいな〜と思ってる人の足元には、なんとなく目がいってしまう。

慣用句として「足元を見る」という言葉も存在する。
”相手の弱みにつけ込む”という意味があるが、これはむかし、宿屋や籠屋が旅人の足元を見てお代を決めていたことから由来するらしい。たしかに足元は、その人の人となりがいちばん表れる場所かもしれない。

25歳の誕生日に、日頃お世話になっているチームのみんなから靴をプレゼントしてもらった。ゆるやかな曲線の美しい、深いブラウンのレザーローファー。靴のプレゼントってなんだか特別だ。

まだつま先を通していないそれは、つやつやとまあるいボンボンショコラのようで、うっとり見惚れてしまう。あでやかな光沢をじっと眺めると、履いてどこまでもずんずん歩いて行きたくなるような気持ちと、美術品のように手を後ろで組んで見つめていたくなるような気持ちとが複雑に絡み合う。

ある朝目覚めると、カーテンから光が漏れていた。雨続きでうんざりしていたこの頃。やっとこの日が!!と小躍りしたくなる。今日こそ、あのローファーを履くのだ!今日という日をローファー記念日としよう。真新しい顔のローファー氏に、あたたかな日差しを浴びさせるのだ!わたしはクローゼットからお気に入りの服たちを引っ張り出し、揚々と玄関へと向かった。

ピカピカのローファー氏は、つま先を入れるとすこし戸惑ったような表情をしたが、すぐにわたしの足を包み込んだ。鏡の前で一歩踏み出すと、まだ硬いソールがぎこちなくしなる。いやいや、お互いに初めましてだもの。どきどきして当然だ。これからわたしはあなたと共に歩んでゆくのです。長い旅路、よろしくな。

駅までの道を、新学期のような気持ちでそわそわと歩く。そういえば高校の入学式へ向かう時も、慣れないローファーに神経を尖らせながら一歩一歩コンクリートの上を歩いたっけな。新たな靴は、なんとなく門出を感じさせられる。

友達との待ち合わせに向かう途中、駅の地下道路にある“靴のお直し屋さん“がわたしの目に飛び込んできた。今までなんとなく素通りしてきたものであったが、今日ばかりは、わたしのために存在してくれている…!と目を輝かせてしまう。

いつも待ち合わせ時間にギリギリなわたしであるが、この日は余裕を持って家を出ていた。すべては新しいローファー氏のおかげであろう。考えるより先にわたしはカウンターへと足を踏み出す。

「すみません、ローファーの裏張りをお願いしたいです。新しいもので、長く履きたいのでソールの補強をしていただきたくて…。」
「かしこまりました。10分ほどで終わりますのでお待ちください。」

受付のお姉さんが慣れた口調で答える。ものの10分で…わたしの愛おしいローファー氏はあらゆる外敵から守られるのだ。すごい。今までどうしてちゃんとやってこなかったのだろう。靴を靴屋さんに出すなんて、大人のたしなみだわッと感動する。

専用のベンチで地下道の真ん中にひとり座り、行き交う人々をぼうっと観察する。靴を待ちながら、わたしの視線はどうしても歩く人たちの足元に落ちる。ヒールのカツカツと洗練された音、スニーカーのやんちゃに弾む音、かかとの擦れまくった厚底の都会的な音。人に心があるように、人の靴にも心があるように思える。

せわしない日々の中では、なかなか足元に意識が回らない。だが、もうわたしはヴァンサンカン(25)!かっこいい大人であるために、常にスマートな足元でいるぞ、と心に誓った。

あっという間に裏張りが完了。靴屋さんってすごいなあ。都会を行き交う人びとの足を支え続けてくれているのだ。ありがとうございます、と深々とお辞儀して受け取る。

ソールの貼られたローファー氏は、俄然、歩きやすかった。こんなにも違うのか…と驚愕する。心なしかローファー氏も生き生きとした表情をしていて、愛するものに時間を注ぐことの大切さを身に沁みて感じる。オマエとこれから、歩んでやってもよいぞ、と高らかに言われている気持ちだ。いつもに増してお美しゅうございます。僕(しもべ)のようにローファー氏にひれ伏す。

わたしはモノにも魂があると信じてやまない。愛を注げば注ぐほど、それらは誇らしい表情を見せてくれるに違いない。そうして長年一緒に連れ添ったモノたちは、いつだって自分を守ってくれるだろう。

ローファー氏とわたし。ともに歩んでゆくこれからの日々にうきうきと想いを馳せながら、待ち合わせ場所へと駆けていった。

ローファーを履いて、るんるん歩いた道で出会いました

ひとこと
わたしのマネージャーO氏は、いつも大事な現場の前にかならず靴をピカピカに磨いてやってくる。その美意識にとても心打たれる。わたしもそうありたい。

上白石的テーマソング:Sufjan Stevens「The Only Thing」

プロフィール

ローファー氏とわたし/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。映画『366日』が大ヒット公開中。 映画『パリピ孔明 THE MOVIE』が4月25日に全国公開。adieu名義で歌手活動も行う。

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