カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.10
紹介書籍 漫画『ひらやすみ』
2022年10月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
叫ばなければやりきれない思いを 大切に捨てないで
日が暮れて夜風が涼しい宵の口。家の向かいの公園に高校生の男子達が集まってきて、ラップバトルを始めた。リズムを刻み、即興で言葉を闘わせ、煽りあって盛り上がる。いや、うるせーし近所迷惑だからと思いつつ、ヒップホップの「勝ち負けを楽しむ」文化って他の音楽にはない独特なものだなと感じ入った。
この世界は、端的に言って勝ち負けの世界だ。厳しい倍率の受験や就職活動をくぐり抜け、ルールやマナーを学び、スキルを身につけ、自分の市場価値とやらを高めて勝ち抜いていかなければならない。
パンクはそんな勝ち負けの世界から逸脱しようとする音楽だとすれば、ヒップホップは勝ち負けの世界のルールに敢えて乗っかることで反抗する音楽なのかもしれない。
パンクもヒップホップもはみ出し者が生み出した音楽で、いずれもカウンターカルチャーであるとするならば、パンクにおける「反抗の在り方」の独自性はなんだろう。
そんなことを考えながら漫画『ひらやすみ』を読んだ時、その問いに対するひとつの回答が頭に浮かんできた。それは「人にやさしく」だ。
勝ち負けの世界では、やさしさよりも生産性や効率の方が優先度が高い。やさしさだけでは生きられず、お金や能力が必要だ。負ければ自己責任。故に、格差や貧困が当たり前のように存在する。
そんな世界に対する反抗の武器としてパンクスが持ち出したのは、やさしさだと思う。やさしさの優先度が低く下げられた世界に対抗するために、やさしさの優先度を高い位置に掲げる。反戦、反権力、反差別。激しく見えるパンクスの主張の根幹には、やさしさがあるように思う。
そんな思考を巡らせると、のんびりとした世界観が魅力の『ひらやすみ』はとてもパンク的な漫画のように思えてくる。なぜなら、やさしさの優先度が高い位置に掲げられているからだ。
人柄のよい29歳のフリーター男子が、おばあさんから古い平屋を譲り受け、上京してきた従妹の女の子と二人暮らしをする。その何気ない日常が描かれる本作の登場人物たちには共通して、勝ち負けの世界との間に距離がある。
俳優になる夢を諦め、勝ち負けの世界から一旦降りている主人公。漫画家になる夢を抱き、勝ち負けの世界に挑もうとしている従妹の美大生。タワマンで暮らしつつも、葛藤を抱えるOL。小説家になる夢を実現させるも、その先で虚しさを抱える男。
どの登場人物にも世界と自分との間に微妙なズレがあるのだけど、そのズレから立ち昇ってくるのはそれぞれのやさしさであり、人間らしさだ。みな、まじでいい奴で、憎めなくて、愛おしい。
自分と世界とのズレは、すなわち生きづらさだ。
生きづらさなんてないほうがよくて、克服すべきものだと捉えるのが普通だけど、そこから生まれるやさしさや思いやりは確かにあって、それを持ち寄れば、何気ない日常や退屈な世界が愛おしいものになる。本作を読んでそう感じた時、自分が住む世界も少しだけ愛おしく思えた。生きづらさを解消するための代償としてやさしさの優先度を下げるくらいなら、どうか変わらず、そのままで。
日本のパンクレジェンドも「人にやさしく」という曲の中でこう唄っている。
叫ばなければやりきれない思いを ああ 大切に捨てないで
このメッセージは本作で描かれる内容にも繋がるように思う。舞台が東京の中央線沿線で、主人公の名前がヒロトっていう所にも、パンクの臭いを勝手に嗅ぎ付けて親近感が湧きまくる。ヒップホップが近所の公園でラップバトルなら、パンクスは駅前広場で乾杯だ。
紹介書籍
ひらやすみ
著:真造圭伍
出版社:小学館
発行年月:2021年9月(第1巻)
プロフィール
小野寺伝助
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